生きていて死んでいるグリムをベッドまで運び、アルモニーが魔法を唱える。すると、険しかった顔は穏やかになり、すうすうと静かに呼吸をし始めた。
生きていて死んでいるグリムをベッドまで運び、アルモニーが魔法を唱える。すると、険しかった顔は穏やかになり、すうすうと静かに呼吸をし始めた。
しばらくすると目を覚ますと思うよ。
……そうか。
スゥ……スゥ……
穏やかに眠る少年。彼も、死ねずに生との境を過ごしていたのだろうか。
こいつ……なんで倒れていたんだ?
たしか、ヴィルヘルムは喘息と心臓病をもっていたはずだよ。多分、過度のストレスで発作が起きたのじゃないのかな。
過度の……ストレス……?
――もしかすると、己のせいで?
俺が、こんな世界って言ったからなのか? また、傷つけちまうのか?
それは違う。
グリムは……この世界の創造者は二人いる。
弟の彼、ヴィルヘルムと、兄のヤーコプだ。
だったらそのヤーコプか? ヤーコプの仕業だというのか?
そうだとも。彼らはこの世界では常に二人でいた。けれど、なぜかヤーコプが僕の世界まで家出をしてきた。
だから、様子を見てくるように僕の創造者に頼まれて来たのだけれど、座標が定まらなくってね。遅くなってしまったのだよ。
ずっと二人で、ともにいた存在……。
家出されたことで倒れたのかな? その気になれば、己を作り直して病気も消せたというのに……。
喧嘩して、家出して……。
――っ!
ヴォルヴァイン……。
んっんん……。
おや、目が覚めたかな。
にい……さん……?
ゆったりと、ヴィルヘルムの瞼が上がる。ヴィルヘルムは二人を確認すると、悲しそうに「違う」と呟いた。
君は、ペローの……。
あれっ? 君はあの狼くん?
……
狼くんっ!?
いたたた……何するの?
ヴォルツヴァイに殴られて赤くなった頬をさすり、困惑したように言う。それは何かを期待しているようで、目覚めた時よりもキラキラした目をしていた。
俺は元々、何度も何度も死ななきゃいけねぇのが嫌で、手前らに終わりをもらうため、ここまで来た。
知っているよ。見ていたもん。
だが……ある奴に言われたんだ。今の時点で、望みはかなっているじゃないかって。死にたくない願いは、今の俺が達成しているじゃないかって。
そんなことがあったとはね。……言うとしたら、彼かな?
それで、どうするの? 君の望みは? どうしてここまで来たの?
俺は……
みんなと、笑っていたい。
死ぬことが目的なんて嫌だ。自分の意志でない婚約も嫌だ。お前らの愉悦のためにやってられっかよ。俺は、自分の力で切り開いていきたい。
ふふふ、いいね。それは「僕」の目的にも通じるところがある。
一つ言っておくけれど、「僕」も「兄さん」も愉悦のためにそうしたわけではないからね。
だったら、何のために俺たちを創った!
目的なんてないよ。
そう答えるヴィルヘルムの顔は、声は、瞳は、感情がないかのように静かだった。
強いていうなれば創ること。それがヴィルヘルム・グリムの目的だ。
気味が悪いぐらい淡々とした、自分ではない誰かについて説明していると思えるほど気持ちがこもっていない口調。。
世界を創る。その意思に従い、モチーフあるいはモデルとしてここではグリム童話が選ばれた。
そしてそれをよく知る彼ら、ヴィルヘルム・グリムとヤーコプ・グリムが世界を創る者として、複製される。自死やボイコットなどしないよう、何でもいいから創ることを目的にさせてね。
――だったら、お前は何者だ? 本物を基にして造られた複製? それを常に自覚しながらも、彼らとして、自分自身が何であるかもわからず暮らしていられるのか?
そんな言葉がヴォルツヴァイの喉まで出かかった。だが、口にしない。口にできない。口にしてはいけない。彼らは彼らであり、彼らはグリムでなければならないのだから。部外者が気安く問いかけてよい物ではない。
ま、「僕」としてはこんな不思議で面白い世界、自由に冒険してみたいけれどね。
感情が、自我が戻った。彼も彼でこの世界を、自己を受け入れているのだろう。
でも、と彼は表情を曇らせる。
でも……「兄さん」は違った。
あのわからずや、頭でっかち、カッチカチ。
……。
家出された側も、このように怒っているのだろうか。彼も、俺のことを。
なあ……。
なに?
仲直り、しようぜ。
は? そんなの……自信ないよ。
だったら俺がお前に自信をくれてやる。
家を出た狼はもう一人の狼に謝り、またその友情はいつまでも続きました……って物語をな!