鏡の声に導かれるまま数日。鏡の案内上では、正面の洞窟を抜ければグリムの所にたどり着く。
この道を、まっすぐ直進です。
鏡の声に導かれるまま数日。鏡の案内上では、正面の洞窟を抜ければグリムの所にたどり着く。
ねぇ、これ……。
ふいに立ち止まったアルモニーが、一つの看板を指さす。そこには、「この先地獄」と書かれていた。
はっ。死なら何度も体験したが、地獄に入るのは初めてだな!
引き返そうよ。地獄だよ。
おら、行くぞ!
あー、待ってよー!
ネセセイ! ネセセーイ!
飛んでるし……気持ち悪い。
全然人がいないな。
ずんずんと、奇天烈な生物が飛び交う下を進む。進めど進めど会話のできそうな者はいない。
太陽が見えないのでわからないが、もう一日たっているのではないだろうか。
あ、あんな所に小屋が!
少し休むか。
なんだい。
扉をノックすると出てきた女悪魔は、じろっと二人をにらみつける。
狼くん。いざとなったら僕は逃げるからね。
逃げる必要があるのかよ。
俺たちはグリムの所へ向かっている。んで、ここで一休みしようと思ってんだ。
ふーん、あいつらの所までねぇ。
……
いいよ! あんたらは人間ではないようだし、安心ね!
世話になるぜ。
俺はヴォルツヴァイ。こっちの優男はアルモニーだ。
あたしはスカルミリオーネ。旦那――ルビカンテとこの小屋に二人で暮らしているの。
食事は旦那が帰ってきてから。それまで休んでて頂戴。
お茶を淹れてくるわ!
お茶を淹れに行ったスカルミリオーネの背中を追い、小屋の中へ。
中は地獄らしさの欠片もなく、いたって普通の、かつてヴォルツヴァイが住んでいた小屋のようなもの。椅子に座り、「生きてる」と呟いた魔法使いを不思議そうに見た。
座らねぇのか?
あ、うん。そうだったね。座るよ。
お待たせー。
……。
運ばれてきた茶は三人分。ハーブティーなのか、地獄だからか、毒入りなのか、色は青い。
アルモニーは手を付けず、ジッとスカルミリオーネが手を付けるかを見る。
ティーカップはどれも同じ。区別はつけられない。よって誰にどれが当たるかはランダム。毒が入っているならば彼女は手を付けないはず。
かはっ!
飲んじゃったの!?
アルモニーと対照的に警戒をしていなかったヴォルツヴァイは、思わず茶を吐き出し、舌を大きく出す。
すっげぇ妙な味。
あら、狼ちゃんには癖が強かったか。
からからと笑いながらスカルミリオーネは茶を一口。それを見てアルモニーも一口飲んだ。
……僕好きかも。
まじかよ……。
あ、おかえり! お客さんが来てるよ!
ほぉ……客、か。
お、お邪魔してます。
帰ってきたのは長身の男。威圧するような顔、地の底から響く声。悪魔だ、悪魔そのものが目の前に、立っている。
ヴォルツヴァイだ。グリムの所へ向かっている。
ふむ……貴君は同胞か。
同胞?
余と同じ、物語の役割を果たす者のことよ。
してお前は……
ひっ……何でございましょうか。
見た目は人の子……だが……
悪魔が近くによる。自然と足が後ろに下がるも、肩をがっしりと捕まれ離れられない。首元に、犬歯の生えた口が向かう。なんで? もちろん、捕食するため。食われる、喰われる、死ぬ!
ええい、ままよ! どうにでもなれ!
あれ?
人の子の匂いはする……が、どこか違うな……。
興味深い。
べ、別世界から来ました。
「そうか」と言ってルビカンテは離れる。喰われるとかは自分の勘違いだったらしい。悪魔だから恐ろしい者と先入観を持っていた己が、とても恥ずかしい者に思えた。
して、何故グリムの所へ行こうとするのだ。
……このイカレタ世界を滅茶苦茶にするためだ。
どのように?
狂った童話を違う終わり方にするんだよ! そうすりゃあ、あいつらも何らかの反応をするだろうよ。
そして異分子として、危険な存在として俺を消してもらう。そうすりゃあ、死ぬ苦痛を味わう必要もない。
死の苦痛を逃れるため、消失を願い、グリムの所へ向かうのだな?
そうだよ。何が悪い。
否……
ルビカンテは、コホンと咳払いをして、言った。
今の貴君は、それが叶っているのではないか?
なに、が……
物語の死からの、逃亡が。
外だー!
……
地獄を抜け、久しぶりに太陽の下に出た。目の前には立派な洋館が建っていて、グリムと看板がかかっている。
降りようと思えば、物語から降りることもできたじゃないか。声を無視する。そうすればいのに、盲目的にそれに従って、壊れて、壊して。
世界を変革する? そんな大義名分がないと舞台を降りようと思えなかったのか? ああ、そうだ。どうせ俺は嫌だという理由だけでは降りれなかった。
まったく。真面目なお人形ちゃんは誰のことを言ったんだよ。
なんで俺は、ここにいるんだろうな。
ん? 何か言った?
いや。
生きたい。そう思えばよかったのかもな。
グリムへの望みなんて、ない。
開けゴマ!
アルモニーの言葉とともに開く扉。その先に見えたのは、乱雑に散らかった書物、床に放り出されている絵が動く本、見たことのない機械、そして……
……。
……倒れた少年。顔色は病的に白く、呼吸が――全てが止まっているように見える。
おいっ! 大丈夫かっ!?
死にはしないよ。
あ? どう見たって……
彼が、グリム。ヴィルヘルム・グリムだ。
創造者、管理者は、死なないし、死ねない。