この道を、まっすぐ直進です。

 鏡の声に導かれるまま数日。鏡の案内上では、正面の洞窟を抜ければグリムの所にたどり着く。

アルモニー

ねぇ、これ……。

 ふいに立ち止まったアルモニーが、一つの看板を指さす。そこには、「この先地獄」と書かれていた。

ヴォルツヴァイ

はっ。死なら何度も体験したが、地獄に入るのは初めてだな!

アルモニー

引き返そうよ。地獄だよ。

ヴォルツヴァイ

おら、行くぞ!

アルモニー

あー、待ってよー!

グラッフィアカーネ

ネセセイ! ネセセーイ!

アルモニー

飛んでるし……気持ち悪い。

ヴォルツヴァイ

全然人がいないな。

 ずんずんと、奇天烈な生物が飛び交う下を進む。進めど進めど会話のできそうな者はいない。
 太陽が見えないのでわからないが、もう一日たっているのではないだろうか。

アルモニー

あ、あんな所に小屋が!

ヴォルツヴァイ

少し休むか。

スカルミリオーネ

なんだい。

 扉をノックすると出てきた女悪魔は、じろっと二人をにらみつける。

アルモニー

狼くん。いざとなったら僕は逃げるからね。

ヴォルツヴァイ

逃げる必要があるのかよ。

ヴォルツヴァイ

俺たちはグリムの所へ向かっている。んで、ここで一休みしようと思ってんだ。

スカルミリオーネ

ふーん、あいつらの所までねぇ。

スカルミリオーネ

……

スカルミリオーネ

いいよ! あんたらは人間ではないようだし、安心ね!

ヴォルツヴァイ

世話になるぜ。

ヴォルツヴァイ

俺はヴォルツヴァイ。こっちの優男はアルモニーだ。

スカルミリオーネ

あたしはスカルミリオーネ。旦那――ルビカンテとこの小屋に二人で暮らしているの。

スカルミリオーネ

食事は旦那が帰ってきてから。それまで休んでて頂戴。

スカルミリオーネ

お茶を淹れてくるわ!

 お茶を淹れに行ったスカルミリオーネの背中を追い、小屋の中へ。
 中は地獄らしさの欠片もなく、いたって普通の、かつてヴォルツヴァイが住んでいた小屋のようなもの。椅子に座り、「生きてる」と呟いた魔法使いを不思議そうに見た。

ヴォルツヴァイ

座らねぇのか?

アルモニー

あ、うん。そうだったね。座るよ。

スカルミリオーネ

お待たせー。

アルモニー

……。

 運ばれてきた茶は三人分。ハーブティーなのか、地獄だからか、毒入りなのか、色は青い。
 アルモニーは手を付けず、ジッとスカルミリオーネが手を付けるかを見る。

アルモニー

ティーカップはどれも同じ。区別はつけられない。よって誰にどれが当たるかはランダム。毒が入っているならば彼女は手を付けないはず。

ヴォルツヴァイ

かはっ!

アルモニー

飲んじゃったの!?

 アルモニーと対照的に警戒をしていなかったヴォルツヴァイは、思わず茶を吐き出し、舌を大きく出す。

ヴォルツヴァイ

すっげぇ妙な味。

スカルミリオーネ

あら、狼ちゃんには癖が強かったか。

 からからと笑いながらスカルミリオーネは茶を一口。それを見てアルモニーも一口飲んだ。

アルモニー

……僕好きかも。

ヴォルツヴァイ

まじかよ……。

スカルミリオーネ

あ、おかえり! お客さんが来てるよ!

ルビカンテ

ほぉ……客、か。

アルモニー

お、お邪魔してます。

 帰ってきたのは長身の男。威圧するような顔、地の底から響く声。悪魔だ、悪魔そのものが目の前に、立っている。

ヴォルツヴァイ

ヴォルツヴァイだ。グリムの所へ向かっている。

ルビカンテ

ふむ……貴君は同胞か。

ヴォルツヴァイ

同胞?

ルビカンテ

余と同じ、物語の役割を果たす者のことよ。

ルビカンテ

してお前は……

アルモニー

ひっ……何でございましょうか。

ルビカンテ

見た目は人の子……だが……

 悪魔が近くによる。自然と足が後ろに下がるも、肩をがっしりと捕まれ離れられない。首元に、犬歯の生えた口が向かう。なんで? もちろん、捕食するため。食われる、喰われる、死ぬ!

アルモニー

ええい、ままよ! どうにでもなれ!

アルモニー

あれ?

ルビカンテ

人の子の匂いはする……が、どこか違うな……。

ルビカンテ

興味深い。

アルモニー

べ、別世界から来ました。

 「そうか」と言ってルビカンテは離れる。喰われるとかは自分の勘違いだったらしい。悪魔だから恐ろしい者と先入観を持っていた己が、とても恥ずかしい者に思えた。

ルビカンテ

して、何故グリムの所へ行こうとするのだ。

ヴォルツヴァイ

……このイカレタ世界を滅茶苦茶にするためだ。

ルビカンテ

どのように?

ヴォルツヴァイ

狂った童話を違う終わり方にするんだよ! そうすりゃあ、あいつらも何らかの反応をするだろうよ。

ヴォルツヴァイ

そして異分子として、危険な存在として俺を消してもらう。そうすりゃあ、死ぬ苦痛を味わう必要もない。

ルビカンテ

死の苦痛を逃れるため、消失を願い、グリムの所へ向かうのだな?

ヴォルツヴァイ

そうだよ。何が悪い。

ルビカンテ

否……

 ルビカンテは、コホンと咳払いをして、言った。

ルビカンテ

今の貴君は、それが叶っているのではないか?

ヴォルツヴァイ

なに、が……

ルビカンテ

物語の死からの、逃亡が。

アルモニー

外だー!

ヴォルツヴァイ

……

 地獄を抜け、久しぶりに太陽の下に出た。目の前には立派な洋館が建っていて、グリムと看板がかかっている。

ヴォルツヴァイ

 降りようと思えば、物語から降りることもできたじゃないか。声を無視する。そうすればいのに、盲目的にそれに従って、壊れて、壊して。
 世界を変革する? そんな大義名分がないと舞台を降りようと思えなかったのか? ああ、そうだ。どうせ俺は嫌だという理由だけでは降りれなかった。
 まったく。真面目なお人形ちゃんは誰のことを言ったんだよ。

ヴォルツヴァイ

なんで俺は、ここにいるんだろうな。

アルモニー

ん? 何か言った?

ヴォルツヴァイ

いや。

ヴォルツヴァイ

生きたい。そう思えばよかったのかもな。

ヴォルツヴァイ

グリムへの望みなんて、ない。

アルモニー

開けゴマ!

 アルモニーの言葉とともに開く扉。その先に見えたのは、乱雑に散らかった書物、床に放り出されている絵が動く本、見たことのない機械、そして……

ヴィルヘルム

……。

 ……倒れた少年。顔色は病的に白く、呼吸が――全てが止まっているように見える。

ヴォルツヴァイ

おいっ! 大丈夫かっ!?

アルモニー

死にはしないよ。

ヴォルツヴァイ

あ? どう見たって……

アルモニー

彼が、グリム。ヴィルヘルム・グリムだ。

アルモニー

創造者、管理者は、死なないし、死ねない。

第十九幕「破壊の後に創造あり、創造の後に破壊あり。して、汝は破壊の後に何を創造するか」

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