誕生日、おめでとう

うわぁ、ありがとう。綺麗な花だね、なんていうの?

スノードロップよ。待雪草ともいうの、綺麗でしょう?

彼氏に花束なんて、とは思ったんだけれどね。花屋でみつけて、ぴったりだなあって思ったの

うれしいよ、ありがとう

そう、それなら、よかったわ……

Snowdrop

で、なに、だからご丁寧に部屋に飾ってんの?

そうだよ。花束だぞ? あいつ、可愛い顔してなかなか男前なことするよな

悠生はそう言って、遠慮なしにソファに体重を預けた。缶ビールをテーブルに置き、俺も向かい合わせのソファに腰掛ける。

部屋に甘ったるい匂いが充満しそうだな

はっ、お前、あんな子にぴったりだと思ったの、なんて言われてこれ渡されたら、もう、なんでもうれしいわ

そうかよ。ったく、惚気だけは一人前だな

うっせ

––––––––浮かれてんな

単位落としそうになったくせに、という嫌味の代わりに、ずっと気になっていたことを口にする。

で、お前、今度の旅行行くの?

いやあ、どうしよっかなあ

正直、今回のことで迷いが生じてるわけよ

花菜も罪作りだよなあ

お前なぁ……

悠生の彼女、神宮寺花菜は大学内で人気の高い女子で、容姿だけで男をホイホイ釣っていくような奴だ。

一見天然を装ったふわふわしたいかにも男受けしそうな女子で、悠生が告ってオッケーされた話を聞いたときは正直、自分の耳を疑った。

なぜなら俺は、神宮寺花菜の正体を、知っているからだ。

だってあれだろ? 凛子来るだろ? 俺、あんな正統派美人と並んで歩いてみたいわ

……好きにしろ。ま、俺は知らんけど

呉山凛子はきつめの美人で、これまた人気が高い。けれどこちらは恋愛には全く興味がなさそうなので、高嶺の花扱いだ。

そんな呉山を含め、同じ学部の学生を何人か集めて、旅行を企てた奴がいるのだ。

凛子が旅行に参加することも驚きだが、あろうことか悠生はその話に乗ろうとしている。

神宮寺は学部が違う。当然、旅行に参加しない。

……おそらく、そういう計画が立っているということは、知っているに違いないけれど。

俺は止めた。

止めたから、後のことは知らない。

よっしゃ、やっぱり行くわ。別にふたりっきりって訳じゃないんだ、大丈夫だろ

それに花菜は寛大だからな、怒らないだろ

……そうだな

怒らない?

––––––––そりゃ、怒らないだろうな。

––––––––ただ、大きな罰が待っているだけだ。

旅行は三泊四日だそうだ。俺は当然、参加しない。インドア派の面倒くさがりだから、わざわざ四日間も気遣いの必要な環境に身を置こうとは思わない。

で、何用ですかね

わかってるくせに、意地悪ね。どうして止めてくれなかったのかしら?

そら来た、恐ろしい。可愛い顔が見事に歪んで、醜い。





––––––––あぁ、醜い。

のどかな昼下がり、柔らかい陽光に包まれた公園のベンチにはあまりに似つかわしくない表情だ。

俺は澄んだ空を見上げる。雲ひとつない快晴、風も吹かない暖かい一日だ。

止めなかったと思うか? その制止をあいつが聴くとでも?

……聴かないかしら、普通

普通は、まぁ、聴くかもな

駄目だわ。悠生なら、私の思う普通の彼氏になってくれるって期待していたのに。残念ね、とっても

さいで

……ところで、スノードロップ、プレゼントしたんだって?

あら口の軽い男

そうよ、スノードロップ。だってあの人、もう一か月以上も前から旅行に行くつもりだったでしょう?

誕生日は、いい機会だと思ったの

花言葉なんか知ってる男、すくないからな?

これは自分のフォローだ。悠生のフォローをするつもりは、微塵もない。

知らないなんておかしいわ

……おかしい、かもな

あなたは、当然知っているでしょう?

スノードロップの花言葉

ああ、もちろん

……恐ろしくて、口にしたくはないけどな

そうかしら? 当然の贈り物よ

なぜ公園なのか。

––––––––こんな会話を、人が多い場所でするわけにはいかないからだ。

ふふっ、帰ってくるのが楽しみだわ

この場面だけ切り取ればきっと、さぞ絵になる。


……俺以外の男子がみれば、そう思うだろう。

だから罠にかかるのだ。こいつが漂わせる甘い匂いにつられ、まるで昔話の鶴のように、あっけなく、仕掛けに足を取られる。

それがどんな結末を呼ぶかも知らぬまま、彼女との恋に堕ちていくのだ。

もし完全に堕ちなかったとしたら、救いが待っている。罠に嵌った愚かな自分は、自由の身になるのだ。

––––––––それが救済などではないと気づくことなど、ないのだけれど。

旅行楽しかったわ~。凛子、めっちゃ潔癖で近寄れもしなかったけど。ってか俺、親衛隊のことすっかり忘れてたわ、ありゃ駄目だね、隙がない。さすが孤高の女、凛子!

土産どうも

全スルーかよ、相変わらず冷たい奴だなあ

家に招いてやってるのに、その言い草はなんだ

へーい、怖い怖い

俺のことが怖いのか?

は? 真顔やめろよ。
怖くねーよ、全然

……だよな

俺ごときが怖いだなんて、それはあまりに馬鹿げた冗談で、思わず真に受けてしまった。

まったく、つまらない冗談だ。

そういや、あの、なんだっけ? 神宮寺に貰ったっていう花

ん? スノードロップか?

あぁ、それ。
まだ咲いたままなのか?

なんでそんなこと気にしてんの? まぁいいけど

あんなもん、捨てちまったよ

……そうか

––––––––あぁ、希望が断たれてしまった。

さして残念でもない。こうなることはわかっていたのだから。

……は? なに、お前笑ってんの?

えっ、あぁ、悪い。大学生の男子が部屋に花飾ってたなんて、改めて考えたら面白いなぁって

だろ? 俺も、旅行から帰ったらなんか自分が馬鹿みたいに思えてきて。清々したわ

……そりゃ、よかった

数日後、悠生は首を吊って死んだ。

第一発見者は神宮寺花菜、彼女があまりに大きな声で泣くので、その泣き声を不思議に思ったアパートの住人が駆けつけ、通報したのだという。

……花が勿体無いな

そうかしら? スノードロップの季節はこれからよ?

まだまだ花は咲くわ

勿体無いだなんて、そんなこと……ふふっ、考えたこともないわ。あなた、優しいのね

……次はもっといい奴を嵌めることだな

ふふっ、肝に銘じておくわ

いい季節だ。すこし冷えた空気と、暖かく降り注ぐ陽射し。

スノードロップの開花時期、花壇はまだ物寂しいけれど、でももう時期あの花壇が満開になる。

神宮寺家の庭は広い。
これから飽きるほど、スノードロップが、季節が移ればその季節の花が、咲いては枯れ、枯れては咲く。

俺は縁側から庭の一角を眺めなつつ、つい、呟いていた。

……まぁ今回は、みてるぶんには楽しかったよ

あなたって、優しいけれど、やっぱり意地悪だわ

さいで

スノードロップ
花言葉【あなたの死を望みます】【希望】
Fin.

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