友野 透子

さ、笹倉君……

声の震えを自覚しながら、透子は裕哉へ声を向ける。

笹倉 裕哉

ん、なに?

いまだに腕を緩めず、涙の止まらない透子の背中をさすっている裕哉は優しく問う。

友野 透子

ごめんね。もういいよ

笹倉 裕哉

なんで。まだ、泣いてるじゃん

友野 透子

いつまでも、泣いてられないんだ

笹倉 裕哉

やだ、離さないよ。俺、もう友野のあんな顔みたくないから

そう言って、抱きしめる力を強めた。

友野 透子

でも……。迷惑はかけられないよ……

笹倉 裕哉

迷惑じゃないから。そんな遠慮してると、いつまでも離してやんないよ?

友野 透子

……うん

泣きながら、透子は裕哉の優しさにほっとしていることに気付いていた。

誰にも言わず引っ越したかったのに、なぜか裕哉には話せてしまえた。

心が軽くなったのは事実で、透子はすこしずつ気持ちを落ち着かせることが出来た。

笹倉 裕哉

ね、友野。藍人には言わないの?

嗚咽がすこし収まったことに気付いた裕哉は、気になっていたことを口にした。

––––––––––本心を悟られぬように、慎重に。

友野 透子

うん、言わない……。お母さんとお父さんには、言わないでって口止めしてあるんだ

笹倉 裕哉

……なんで?

友野 透子

理衣とせっかくいい感じなのに、邪魔、したくないからかな

そう言った後、透子はまた嗚咽をもらした。

笹倉 裕哉

やっぱりな。どんだけ藍人が好きなんだよ……

裕哉は、透子の藍人への想いを確かめるためにこの質問をした。

邪魔をしたくない、というのはただえさえ恋愛感情に疎い藍人の同情を買って、理衣から引き離してしまうことを恐れた故のものだろうと裕哉は考えていた。

そしてそれはそのまま透子の本心だった。

笹倉 裕哉

そんなところまで遠慮すんなよ

結局、裕哉は自分の想いを、自分の心のうちに閉じ込めてしまうことにした。

自己犠牲なんて綺麗なものではない。……ただの、自己満足。

友野 透子

え?

笹倉 裕哉

友野は、藍人が好きなんだろ? 一回、ぶつかってみろよ。引っ越す前に

友野 透子

え、なんで? わたし、藍人の事は好きだけど、別に、特別な感情とかは……っ

そう言いながらも大粒の涙が流れていることをみれば、図星だ。

笹倉 裕哉

わかってるんだ。隠しても無駄だよ? だって俺は……

笹倉 裕哉

…………

そこで一瞬言葉を飲み込む。

笹倉 裕哉

俺は、親友のことを好きな人が誰かなんて、わかってるんだよ

わざと明るくそう言って、背中をもう一度さすって、裕哉は透子から離れた。

笹倉 裕哉

俺、藍人のこと大好きだもん。大丈夫。あいつは、突き放すようなことだけはしない。それは、友野がいちばんわかってるだろ?

友野 透子

……うん。ありがとう

笹倉 裕哉

ん。わかったら、藍人にちゃんと話すんだぞ

行ってみな、と言わなかったの今理衣と一緒である藍人と鉢合わせるべきではないと判断したからだ。

友野 透子

笹倉君、ほんとうにありがとう

涙の跡が残る顔で、泣き腫らした目を輝かせ、透子は笑顔をみせた。

笹倉 裕哉

どういたしまして

それからすこし話をした。……自分らしくない、感傷的な気分になりながら、裕哉は自分の気持ちを抑えるため、思いつく限りの話題を振った。

時間が経ち、そろそろ、という雰囲気になる。

友野 透子

それじゃあ、そろそろ

笹倉 裕哉

うん、元気でな

友野 透子

ほんとうに、ありがとう。きっと忘れない

絶対、という言葉を選ばない透子らしさをみて、裕哉はまた透子への気持ちを自覚する。

笹倉 裕哉

俺も。じゃあ、またいつか

友野 透子

うん、いつか

バイバイ、と手を振る透子に、裕哉は同じように笑顔を向けた。

見送り、力の抜けた裕哉はそばにあった大木の下に座りこむ。

笹倉 裕哉

……あの笑顔みれただけで、百点満点だ

連絡先聴かなくてよかった、裕哉はそう思いながら、路地に消えていく透子の背中をひとり見届けた。

想いの果てに
Fin.

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