裕哉は、固まった脳をなんとか働かせようと、必死だった。
裕哉は、固まった脳をなんとか働かせようと、必死だった。
透子の話は、まったく予想もしていなかったものだったからだ。……予想できるような内容では、なかったのだが。
あのね、わたしね、引っ越すんだ
驚きを隠さず、間抜けに
え……?
訊き返してしまう。
うん、だから、引っ越すんだ
語られた内容は壮絶なものだった。
九州に住んでるおばあちゃんがね、強盗に入られて殺されたの。
ちょうど、理衣が転入してきたころ……かな。
ショックでショックで、悲しくて毎晩泣いてた。
……涙って、あんなに止まらないものなんだね、わたし知らなかったよ
藍人に気付かれなかった時点で、隠し通せる自信もついたしね。
お父さんのほうのおばあちゃんなんだけど親戚とは疎遠になってて、唯一わたしたちだけが連絡を取り合ってるぐらいで。
もうすぐ、裁判が始まるの。
おじいちゃんは生きてるんだけどね、強盗に入られたときは散歩に行ってたみたい。
すっごい田舎に住んでたのに。
ほんと、強盗が入るなんて信じられないくらいの田舎なのに。
真昼間から堂々と強盗に入ったんだって。
……犯人は銃持ってて。
最初に聴いたときは、ああ、銃なんて、逃げられるわけないなあ、なんて、他人事みたいに考えたりして。
だんだん実感がわいてくると、とにかく涙しか出てこなかった。
ほんと、人間って、あんなに泣けるんだね
……引っ越すのはね、あんまりショックで臥せってしまったおじいちゃんのためなの
もう、年も年だしってことで一緒に住むことになったの
もちろんおじいちゃんがこっちに来るっていう手だってあったけど、でも、やっぱり住み慣れた土地のほうがいいじゃない?
こっちには、おばさんがいるから、わたしは残ってもいい、って言われたけど……向こうに行って、どうにもならない感情を片付けたいなって思って
やだな、なんだかおばあちゃんが亡くなってしまったことを逃げ道にしてるみたい、最低だね
その言葉を最後に、透子はくちびるを結んだ。
裕哉は、なにも言えなかった。
なんと声をかければよいのかもわからなかったし、なにより無理に笑おうとする透子の顔がつらかった。
直視できないほどに痛々しい笑顔だった。
笹倉君には、話しておきたかった……というより、誰かに聴いてほしかったのかな
自分勝手でごめんね、でも、聴いてくれてありがとう
また、痛々しく笑う。
……無理に、笑う必要なんかない
え?
裕哉は、思わず口をついて出た一言に自分でも驚いていた。
でも、一回口を開けばもう止まらなかった。
笑うなよ、つらかったんだろ? 泣けよ、泣けばいいじゃん
……そんな風に無理した笑顔なんか、泣くの我慢して歪んだ笑顔なんか、友野じゃないよ
つらいなら、泣けばいい。俺、傍で待ってるから、だから、好きなだけ泣けばいい
その言葉を受けた透子の目には、涙がたまる。
そんな、だって、わたし、泣かないよ? 決めてるの。誰の前でも泣かないって
目いっぱいにたまった涙が落ちそうになっても、透子は意地を張る。
そのあまりの弱々しさに、裕哉の体は自然に動いた。
泣いていいんだよ、––––––––ねえ、透子
腕の中にすっぽりと収まった透子の背中を、裕哉は子供をあやすようにポンポンと叩く。
こんな細っちい体で抱え込みすぎないで。誰かに弱音を吐くことも大事なんだよ
透子は、裕哉の腕の中で嗚咽を漏らした。
話の途中でいつの間にか足が止まっており、そばには春に桜の咲く大木があった。
通学路からはとうに離れており、そこにはふたりと大木だけ。
うっ、ごめん、ごめん……
弱々しく呟きながら、透子の目から落ちた涙が地面をぬらしていく。
それは暮れといえどまだ強い、夏の日差しによって次々と乾いていく。
いいよ、謝らないで。気が済むまで泣いて、すっきりすればいい
話し終わったって、どうせ、ため込んだもの全部を吐き出せたわけじゃないんだろうしさ
裕哉は優しい声色でゆっくり語りかけた。
安心させるように背中をゆっくりさすりながら。
ふたりを見守る大木が、風に揺れて葉を少し落とした。
第十八話へ、続く。