黒井 華

なんで、話せたんだろう

華は、後悔はしていなかったが、それでも自問自答を繰り返していた。

華から消えていたはずの、昔の人格がぶくぶくと浮き上がってくる。

純粋に恋をしていたあの人格が、ゆっくりと確実に戻ってきていた。

そして、それと同時に『彼』への気持ちも湧き上がってくる。

人格が変わってしまった理由––––––––––それは彼への愛情の裏返し。

華は、不特定多数の男子を手中に収めることで、『彼』への想いを隠し続けていたのだ。

自分に嘘をつき続け、残ったのは

くろいはな

という周囲の評価。

––––––––そして、自身にすら騙された、みじめな自分。

精神が押しつぶされた頃に、藍人が視界に留まる。

華の心は、助けを求めていた。

嘘で固められた人格に縛られ、息が詰まりそうな日常の中で苦しみ続けていた。

自分でも気付いていたのに、周囲を偽り続け、自分を押し殺していた。……自分に対しても、自分を偽りながら。

そんなことをして得られたものは、嫌われ者の烙印だけ。

それでもよかったのだ。

苦しみ続けながら、息もできないような自分に失望しながらも、嫌われることを望んでいた。

黒井 華

また騙されたくないから、なんてそんな自己満足、さっさとやめちゃえばよかった

華は、周りも見えなくなるほどの恋に溺れ、またその相手に裏切られることを恐れていた。

誰かを深く愛してしまえば、また必ず裏切られる。

そんな固定観念を植え付けられるほどに、『彼』のことが好きだったのだ。

華は、やっとその本心と向かい合えた。

もう一度、昔のように、その純粋な恋心を認めることが出来た。

そして、彼女自身も気付いていなかったことだが、藍人にすべてを打ち明けた瞬間に、あの時から止まっていた時間が、華の中の時計が、動き出したのだった。

華の時間が動き出したその瞬間も、理衣の話が静かに続いていた。

ま、リーダーが私を人間世界に放り込んだ理由は置いておいて。

それから、私は人間としての生活を始めたわけなんだけど、最初は、ほんとに怖かったの。

学校に通い始めるまでには四日間あったから、とりあえず地図とかを頼りに町中を歩き回った。

家も、もう住むだけの状態で、家具も全部あった。

不気味だ、と思った。

だって、急に石から人間になって、そしたら家もお金も通う学校も、とにかく全部揃ってるんだよ。

私は、ひとりの女の子として学校に通って友達作って、恋をできればそれでいいみたいだった。

なんか、もっと大変なことしないといけないのかと思ってたから、拍子抜けしながらもとりあえず学校に通い始めて。

初めてのことばっかりだった。

正直、友達なんか作らないでひとりで過ごしてさっさと終わらせようと思ってた。

でも、なんかそんなの悲しいな、って。

せっかく人間になったんだし、って。

だから友達も作った。

恋……は、最初は強引だったけど、でも今は藍人のこと、ほんとうに好きなんだ。

秋野 理衣

好きに、なってしまったんだよ

秋野 理衣

でも、いいんだ、藍人が、私のことほんとうの意味で好きになってくれてるわけではないとしても

秋野 理衣

あとはもう、石に戻るだけだから

そこまで話した後、理衣はなにやらポケットを探り、緑色に輝く石を取り出した。

石井 藍人

……それは?

声がわかりやすくかすれた。

ほんとうのことなのだと頭ではわかっているつもりでも、信じたくないという自分の意志がうまく声を出させなかったのだ。

秋野 理衣

これが、私なんだ。石も、荷物と一緒にあった。私は、これに戻るの

だから今日でお別れなんだ、と付け足して石を握りしめる理衣。

そして、無意味だと分かっていながらもまた問うてしまうのだ。

石井 藍人

消える、なんてそんなこと…………あるのか

実感が全く伴わず、とにかく否定してほしいと自己中心的な思考をしていた。

秋野 理衣

予想通りの反応、わかってはいたけど、寂しいなあ

理衣は、戸惑い混乱している藍人を見て、少し悲しい気持ちになっていた。

秋野 理衣

あのね、私が石に戻るにも、方法があるの

秋野 理衣

このエメラルドに、涙を落とさなくちゃいけないの

秋野 理衣

でも、悲しみの涙は嫌だ

泣かせればいいのか、と藍人は自分でも馬鹿だと思うようなことを考えていた。

反応できず、固まってしまう。

石井 藍人

……理衣がいなくなるのは、寂しいよ

気の利かない言葉をかけるだけになってしまう。

秋野 理衣

……私も、もう会話できなくなるのは寂しいよ

ふと思いついて、藍人はひとつの質問をする。

石井 藍人

……あのさ。それ、もし石に戻ろうとしなかったらどうなるのか?

予想はしていた質問に、理衣はよどみなく答える。

躊躇っていたってしょうがないのだ。

理衣には、石に戻る、ただその一択しか与えられていないのだから。

秋野 理衣

それはね––––––––

第十七話へ、続く。

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