笹倉 裕哉

友野、一緒に帰らないか?

裕哉は、華が藍人に自分の過去を語っているとも知らず、自分のことで精一杯だった。

いい結末なんて、待っているわけがない。

知っていた。わかっていた。……透子の気持ちも、それでも抑えられない、自分の気持ちも。

裕哉は、後悔だけはしたくなかった。自分の気持ちを、優先することに決めた。……透子の気持ちを大切にしたいという思いがあるにせよ、だ。

友野 透子

いいよ

友野 透子

でも珍しいね、笹倉君が声かけてくるなんて

笹倉 裕哉

あー、まぁな

友野 透子

?

友野 透子

ま、いいや、行こう

二人で歩き出す。

まだ色濃く暑さの残る、裕哉に慣れない感覚を覚えさせる夕暮れ時だった。

裕哉は、いきなり本題に入る勇気などなく、とりあえず話題を探した。

笹倉 裕哉

夏休み、どっか行ったりするの?

友野 透子

どうだろう……

友野 透子

理衣とどこか出かけてみたいなあとは思ってるけどね、まだなにも

笹倉 裕哉

あぁ、秋野ね。友野、すぐ仲良くなってたよな?

友野 透子

うん。理衣が、藍人のことが好きだって相談してきたときも、信頼してくれてることがわかって、嬉しかった

笹倉 裕哉

俺がふたりのこと気になってると思ってんのか?

笹倉 裕哉

……あー、秋野と藍人って付き合ってんの?

本当はこの話題は避けるつもりだったのだが、透子から出してきたのだから、知りたかったことをどんどん訊ねてみることにした裕哉。好奇心に火がついていた。

友野 透子

理衣は、そう言ってる。藍人は、多分よくわかってないままなんだろうね

笹倉 裕哉

同感だね。名前だけ呼び方変わってたけどねぇ

友野 透子

うん。もう、みててもどかしいよ。藍人、恋愛に無頓着すぎるから

笹倉 裕哉

もどかしい、か……

裕哉は悟った。

透子は藍人への想いを隠し通すことに決めたのだと。

透子は、聴きたそうな表情を丸出しにした裕哉に、わざとこの話題を出した。

友野 透子

さっさと気持ちを捨てるには、いい機会だしね……

友野 透子

あの二人は、きっとうまくいくよー

透子は、裕哉に向けて言いながらも、一番は自分に言い聞かせていた。

笹倉 裕哉

そうだな、うん。藍人も、いつかは好きって気持ちがわかるようになるだろうしね!

裕哉はそう言うと、気づかれないように深く深呼吸をした。

笹倉 裕哉

やべ、こんな緊張するのかよ……

高鳴る鼓動を押さえつけて、裕哉はもう一度息を吸った。

友野 透子

笹倉君

笹倉 裕哉

友野

二人の覚悟の詰まったような声は重なる。

えっ、と驚く声も重なった。

笹倉 裕哉

あ、お先に、いいよ

裕哉は、とりあえず先を促した。

笹倉 裕哉

今告ったら絶対終わってたな、あぶねぇ……

裕哉は、藍人への苛立ちを告白への勇気に変えた。

今日はどうやら二人で出かけるらしいし、チャンスだと思ったのである。

透子は、もっと別の理由があって、裕哉の名を呼んだ。

友野 透子

あ、別にわたしの話は後でもいいけど

笹倉 裕哉

いや、俺も別にいいから

笹倉 裕哉

別によくはないだろ……

内心では焦りながらも、平静を装い、

笹倉 裕哉

ね、いいから

と先を促した。

友野 透子

うん、じゃあ。あのね……

透子の話を聴き、みるみる開かれていく裕哉の目は、驚きを露骨に示していた。

秋野 理衣

あ、藍人やっと来た

理衣のそばを離れてから、実に半時間が過ぎていた。

石井 藍人

うん、待たせてごめん……

藍人は、あれからずっとふらふらと歩きながら、ようやくの思いでここまでやってきた。

秋野 理衣

ね、何の話だったの?

石井 藍人

……え、いや

秋野 理衣

露骨な誤魔化し方するねえ

秋野 理衣

誰かに話したりなんてしないよ、今日消えちゃうんだから

石井 藍人

うん、別に隠すことでもない……

石井 藍人

……え?

理衣の言葉にさりげなく混じった異常。

石井 藍人

今、消えるって言った? いや、聴き間違いのはず……

秋野 理衣

聴き間違いなんかじゃ、ないよ

石井 藍人

え?

藍人の目が大きく見開かれる。

その表情を見ながら理衣は、もう一度強く言った。

秋野 理衣

聴き間違いじゃないよ、ほんと藍人はわかりやすいね

秋野 理衣

私、今日、消えるんだよ

第十五話へ、続く。

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