石井 藍人

理衣

なんて声をかけようか、と考え込むより先に呼びかけていた。

秋野 理衣

どうしてここに?

石井 藍人

暇だったから、なんとなくかな

秋野 理衣

そうなんだ。
まあ、私も同じような感じだけどね

そう言って笑った。

藍人は、理衣の笑顔を見るたびにあの屋上で感じた儚さを思い出す。

今も同じで、その儚さを不思議に思っていた。

秋野 理衣

藍人、宿題は終わった?

石井 藍人

昨日、終わらせたよ

秋野 理衣

そっか。私も終わって、暇だったからここに来たの

石井 藍人

そう……

石井 藍人

ここ、やっぱりよく来るの?

秋野 理衣

ここが、好きだからね

秋野 理衣

いい風が吹くから、涼しいしね!

石井 藍人

あ、確かに。さっきまでは汗だくになるくだい暑かったのになあ

歩くたびに吹き出してきていた汗は、この場所を吹き抜ける風で完全に引いていた。

秋野 理衣

ねぇ、藍人はさ……

石井 藍人

ん?

秋野 理衣

なんで、恋愛しないの?

––––妙な質問だ。

好き、と言ってきた彼女と付き合っているのか否か分からないような関係。

……それは、了承も断りもしなかった自分の態度が原因であるということも、当然理解しているけれど。

この状況は、恋愛をしているわけではないのかと藍人は思った。

秋野 理衣

ねぇ、なんで?

理衣は、もう一度問う。

彼女は、この状況を恋愛とイコールで結びつけることは出来なかった。

藍人に、なにか恋愛をするのに抵抗がある理由でもあるのかと思っての質問だった。

石井 藍人

わからないよ……

石井 藍人

好き、って、どんな感情なの?

逆に質問を返され、理衣は困惑した。

秋野 理衣

––––別に、理由があるわけじゃなくて、ほんとに鈍すぎるだけなのかな

理衣はそう思うことにして、藍人の質問に答えた。

秋野 理衣

……好きになろうとして、好きになるんじゃないの

秋野 理衣

いつの間にか、ああ、私、この人が好きだなあって思ってるんだよ

秋野 理衣

恋してる、自分は今、恋してるな、って思ったら、わくわくするよ。今までと、みえる景色も違っているように感じるし

秋野 理衣

そういうこと、ない……?

石井 藍人

人を好きになったことは、僕もあるよ。でも、周りはそれを恋愛感情じゃないって言うんだ。嫌いだって思う人は、まぁそれなりにいるけど、好きって思う人も同じ感じなんだよな……

秋野 理衣

藍人も、人を嫌うことがあるんだね?

石井 藍人

そりゃあ、人間だしね。どんな綺麗事言ったって、それが本心だよ

秋野 理衣

そう、だね

それきり、沈黙が流れる。

風が吹き、二人の髪をそっと揺らした。

空は雲一つない晴天で、太陽の光が鋭く照りつけていた。

ふたりの目に映る景色は、今も時間が進み続けていることを教えていた。

沈黙は続いていたが、空気に気まずさはない。

頃合を見て、藍人は立ち上がった。

石井 藍人

僕はそろそろ帰るよ。理衣は、どうする?

秋野 理衣

私は、もうすこしここにいるね

秋野 理衣

……あ、そういえば、藍人、もうすぐ誕生日だよね?

石井 藍人

うん。でも、なんで知ってるの?

秋野 理衣

透子に教えてもらったの

石井 藍人

そうなんだ

秋野 理衣

……その日は、一緒に出掛けよう?

その言葉に、すこし驚きながらも、

石井 藍人

わかった

返事をした。

石井 藍人

それじゃ、また明日

そう言って、藍人は歩き出した。

誕生日は、友野家と祝う習慣がついていた。

透子には一つ違いの兄、友野拓斗がいて、藍人は拓斗と仲がいい。

だから、誕生日をほかの誰かと過ごすのは、初めてのことだった。

残された理衣は、動き続ける街を眺めながらつぶやいていた。

秋野 理衣

タイムリミットは、あとすこし……

彼女は、誰にも明かしていない、たったひとつの、大きな秘密を、抱えていた。

第十話へ、続く。

pagetop