HRも終わり、あとは日直の雑用を済ませるだけとなる。


藍人と理衣は、さっそく仕事に取り掛かった。

秋野 理衣

あのさ、石井君。仕事終わったら寄り道しない?

特に共通の話題もなく、黙々と作業をこなしていたふたりだったが、理衣が唐突に沈黙を破った。

藍人は驚いたが、特に断る理由はなかったから、いいよ、とだけ返した。

仕事が終わり、ふたりは人がほとんど通らない道をゆっくり歩いていた。

石井 藍人

秋野、いったいどこ行くんだよ?

藍人は、いまだ行先を告げない理衣にもう何度目かになる問いを向ける。

秋野 理衣

もうすこしだから

この返答も、もう何度目になることやら。

三十分近く経つと、景色がすこしずつ変わり始めた。

石井 藍人

なぁ、秋野……

藍人がまた問いを重ねようとした時だった。

秋野 理衣

さぁ、着いた着いた!

それまで細い道を通っていたのだが、急に視界が開けた。

秋野 理衣

うん、今日もいい景色!

そう言いながら伸びをして、座り込む理衣。

石井 藍人

ここは……?

藍人は、そこからの景色に圧倒されながら、理衣に問う。

秋野 理衣

私が引っ越してきてから見つけた、お気に入りの場所

石井 藍人

来たばっかりのところで、よくみつけられたな。僕、こんな所があるの初めて知った

秋野 理衣

道に迷った時に、たまたま見つけたんだ。綺麗な景色を見るの、好きなの

その言葉を受け、藍人は視線を移す。

『絶景』。まさに、その言葉がぴったり合う場所だった。

すこしずつ暮れはじめた空と、眼下に広がる街が重なって、とても綺麗だった。

石井 藍人

ここ、いいな

秋野 理衣

でしょ? 私、ここから見える空が特に好き

秋野 理衣

でも、あんまり晴れてるのは嫌かな

そう言いながら、彼女はすこし顔をしかめてみせた。

石井 藍人

え、なんで? 晴れてて、綺麗なのに

秋野 理衣

えっと……

秋野 理衣

晴れてるときはすごく青くて綺麗なんだけど、曇ってるときの、あの灰色。どんよりしてて、今にも雨が落ちてきそうっていう感じがいいの

秋野 理衣

なんか、空が必死に本心を隠しているみたいで面白いなー……とかね

石井 藍人

……珍しいな

藍人は思ったが声には出さない。

秋野 理衣

ふふっ。変でしょ。私、たまにそういうことあるんだー

石井 藍人

別に、いいんじゃない。人それぞれの好き嫌いってものがあるんだし

秋野 理衣

へぇ、石井君はそういう返し方をするんだぁ

石井 藍人

え?

秋野 理衣

いや、他の人に同じことを言うとさ、変すぎって笑われるんだよね。だから、ちょっと嬉しいかも

石井 藍人

そうなんだ……

この時、藍人はいつもと違う自分の感情に気付いた。

でも、周囲の人間がしきりに言う、“恋”とはまたすこし違うとも感じていた。

第五話へ、続く。

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