いつものように、学校が終わったその日。
唯が事務所に行くと――
じゃあね、じゃあね! 空子ちゃん!
今度の休みに私とデートしよっか!
ふぇぇっ!?
(ぶはっ……!)
ひ、ひかりちゃんと、デート、ですか……?
デート。慣れない単語に対して、空子だけでなく、唯も思わず驚いてしまった。
え? そんなにビックリすることかな……?
ちょ、ちょっと待ってひかり……
言い方……言い方がね……?
あ、唯ちゃんも来てたんだー
おつかれさまぁっ!
う、うん。色々してたら学校出るの遅くなっちゃって……
そ、それよりも
うん?
ひかり、今度の休みに、空子とデートするの……? それともじゃれてるだけ……?
ほんとのデートだよ?
(ぶはっ……!!)
だって、深い深いお付き合いをしたいんだもん。これはもう遊ぶっていうより、デートかなって
そ、そういうものなのかな……
そ、そういうものなんですね……
私、ひかりちゃんとデートするの楽しみです!
でも、なんでデートになんて誘うの……?
あーそれはね……
空子ちゃん、あんまり放課後に友達と遊んだことがないっていうから……
あ、はい、私、家のことや、商店街のお手伝いなんかもあるし、ついついそっちを優先しちゃって……
それに、中学生のころまでは、夕方からは外に出ちゃだめって言われてたので……外には出ないようにしてたんです
良い子すぎる……
でも、せっかく学生なんだもんね。この機会にさ、たまには、ぱーっと遊んだっていいんじゃないかな!?
えへへ……その、遊ぶっていうのが、何するのかいまいちよく分からないのもあるんですよね
あ、鬼ごっことか? それとも、かくれんぼ?
……こーいう空子ちゃんだから誘ったんだぁ。分かるでしょ? 唯ちゃん
う、うん。なんとなく分かった……。空子はそういうとこあるよね……
鬼ごっこもかくれんぼも楽しいし、大好きだけど……
もっとこう、街での遊び方っていうのを経験してみるのも、悪くないと思うんだぁ
うーん……私は、空子はそのままでもいいと思うけどなぁ……
もー、唯ちゃんってば過保護なんだからー
ち、違うから、妙な笑い方しないで……
でも唯ちゃんだって、学校終わってから友達と遊びに行ったりするでしょ?
……まあ
……え? もしかして、唯ちゃんも未経験?
……
……
……その、あんまり声かけてくる子もいないし
一人で本屋さんに寄ったりはするけど……
唯ちゃん、一見クールっぽい迫力美人だもんね
うかつにカラオケとか誘って……
アナタ達、そんな低俗な遊びしてる時間があったら勉強でもしたら?
みたいな冷たい目で見られたらどうしようって思っちゃうのかも……?
? ひかり、何か言った?
ううんわたしべつになんにもいってないよー
ひかりはニッコリ笑ってごまかすが、妙に棒読みっぽい声に、唯は怪訝な表情だ。
じゃあさ、唯ちゃんも私とデートしよ!
は?
私とー空子ちゃんとー唯ちゃんでー三人でデート!
わぁ……! 唯ちゃんも一緒なら、私ももっと楽しみです!
え? え?
唯が混乱しているうちに、デートは決定事項になっていた。
……。
…………。
そして、次の休日の午後。
空子と唯とひかりの三人は、駅近くの繁華街に集まった。
色々プラン考えてみたんだけどね
空子ちゃんと唯ちゃんは初心者だし、今日はオーソドックスな放課後の遊び方でいってみようと思うんだ
ほら、いきなりマニアックなことしても、戸惑っちゃって楽しめないでしょ?
そ、そうだよね
マニアックな遊び方ってどんな遊び方なんだろう……
唯は思うが、口に出すのはやめておいた。
そういうわけで、まずは鉄板のゲーセンから!
ふわ……私、あんまりゲームセンターって入ったことないんですけど……
ピカピカしてて、チカチカしてて、すっごく賑やかですね……
落ち着かないよね……
ほらほら二人ともこっちこっち! 何にも怖いことなんかないから!
私がついてるんだから大丈夫!
そ、そうですね。ひかりちゃんについていけばいいんですね!
そうそう、ぜーんぶ私にまかせておっけー!
ヒマさえあれば友達と遊んでるからね、ベテランだよっ!
ゲーセンのベテランって一体……
さあ、唯ちゃんも一緒に行きましょう!
ひかりちゃんについていけば、何にも心配ないです。きっと
う、うん
えへへー。二人とも、今日はいっぱい楽しもうね!
はいっ! よろしくお願いしますっ!
……ふふっ
空子、何笑ってるの?
ひかりちゃんがすっごく楽しそうで、私まで楽しくなってきちゃったんです
……そうだね
さーどれから行ってみよっか。あ、音ゲーとかどうかな?
おとげ?
こーいうのは説明するよりやってみた方が早いよ! はい二人ともこっちに来てー
張り切っているひかりに導かれながら、空子と唯は、ゲームセンターの奥へと足を踏み入れていった。
……。
…………。
……結論から言えば。
三人は、一時間もしないうちにゲームセンターから脱出する羽目になった。
ご、ごめんなさい、ひかりちゃん……
わ、私達が慣れてないばっかりに……
ううぅん空子ちゃん達が謝ることじゃないよ! 大丈夫大丈夫だから!
ほ、ほら、慣れてないと、あーいうところっているだけで疲れちゃうもんねっ
容赦なく押し寄せる音と光の洪水に、空子と唯があっという間に目を回してしまった結果である。
音も光もライブの時とそんなに変わらないのに、何がいけなかったんでしょうか……?
うーん……ライブするぞーっていう……気合いとか?
あはは。ゲーセンは基本ゲームするところだし、ライブするぞーっていう気持ちにはなれないよねぇ
そういう点では、ここは私達が楽しく遊ぶのには向いてるのかも
なるほど
ひかりが次に、空子と唯を連れて来たのは、この場所。
じゃーん! 放課後遊びの鉄板第二弾! カラオケでーす!
私、カラオケ屋さんって初めて入るんですけど、何だかすごいです!
うちの事務所のMRライブルームとそんなに変わらないよね……
今は事務所とかに入らずに、こーいうところで動画撮って、ネットに上げる人も多いんだよね
下手すると、個人でもテレビとか出てるアイドルより有名な人とかもいるし……
わ、そんな風に活動してる人もいるんですか……!
そうそう。私達もさ、アイドルとして負けてられないよねっ!
でも今日はお休みだから、楽しいことだけするんだー♪
じゃあ時間制限もあるし、さっそく歌ってこー!
誰から行く? 誰も行かなかったら私が歌っちゃうよ?
あ、あの、ひかりちゃん。この機械の使い方がよく分からないんですけど……
あ、そっか。初めてだと分かんないよね
わ、私も曲の選び方が……
唯ちゃんそれちょっと貸して。これはね、こうやってー……
……。
…………。
……やっぱり結論から言えば。
三人は、時間制限の二時間も経たないうちに、カラオケ店を後にしたのだった。
ご、ごめんなさいひかりちゃん……あの、大丈夫ですか……?
だ、大丈夫大丈夫! 私はぜーんぜん平気だよっ!
私が勝手に一人で盛り上がっちゃっただけだからー……
うぅ……
ムリした笑顔でそう言って、ひかりはテーブルにグッタリ倒れ伏した。
カラオケ店で、機器の使い方はひかりの丁寧で分かりやすい説明によってすぐにできるようになった空子と唯だったが。
空子も唯も、そもそも自分達以外の曲をあまり知らなかったのである。
そ、そっかぁー……
じゃ、私が知ってる曲どんどん入れるね! 空子ちゃんと唯ちゃんは、歌えそうだったら一緒に歌お!
そんな感じで、時間のほとんどをひかり一人が歌っていたのだった。
一人であれだけ歌ってたら、それは疲れて当然だよ……
ご、ごめんなさいひかりちゃん。私があんまり流行りの曲を知らないせいで……
ううぅんだーかーらー! 空子ちゃんが謝ることじゃないってばー!
ガバっと顔を上げたひかりがブンブン首を横に振る。
そうしてふと、ションボリとした表情になった。
私が、空子ちゃんと唯ちゃんが楽しめる遊び方を考えなかったからだよ……
二人とも、何だかごめんね……私一人ではしゃいじゃってて……
今日、あんまり楽しくなかったでしょ……?
そ……っ、そんなことないですよ!?
ションボリしてしまったひかりに、空子があわてた声を上げる。
私、今日はひかりちゃんといっぱい遊べて楽しかったです!
それに……
ひかりちゃんが、私達を楽しませてくれようとしてたのがよく分かって、すごく嬉しかったです
空子ちゃん……
うん。それは私も分かってるから、ひかりが謝ることじゃないよ
私こそ、ひかりの元気についていけなくてごめん……
えっ!? だからそんな、唯ちゃんが謝ることでも……!
あっ!
ど、どうしたの? 空子……
今の唯ちゃんのごめんなさいで、私達みんな、一回ずつごめんなさいって言ったことになりますね!
そ、そういえば、そうかな……?
唐突に空子が、ニコニコしながら言い出した。
はい。だから……
みんな一回ずつごめんなさいで、今日のごめんなさいは売り切れです!
う、売り切れ……?
ふふ、そうだね……
こういうのって、言い出すとキリがなくなっちゃうから
唯ちゃんも……
ひかりってさ、私から見ると、サービス精神がありすぎだと思う
私達はお客さんじゃないんだし、気を使って盛り上げようとして、一人でがんばらなくてもいいんだよ
唯ちゃん……
ひかりちゃん。ひかりちゃんさえよければ、また遊びに誘ってくださいね?
私、次のからおけやさんの時までに、新しい曲を勉強しておきます!
さ、誘ってもいいの……?
私が誘っても、迷惑じゃない……?
全然迷惑じゃないし、楽しかったから、私もまた誘って欲しいな
次の機会までに、ゲームセンターの雰囲気に慣れておくから
ひかり、写真シール撮りたがってたのに、結局撮れずに出てきちゃったでしょ?
あ……
え、えへへー……バレちゃってた?
うん。チラチラ見てたし
あ、私もひかりちゃんと唯ちゃんと、一緒に、写真シール撮りたいです!
空子と唯の言葉に、ひかりはやっと笑顔になった。
そっか……うん、そうだよね。今日でおしまいってわけじゃないし……
空子ちゃんも唯ちゃんも、また一緒に遊んでね!
はい! もちろんです!
うん。また一緒に遊ぼう
あ! これで今日はお開きー、みたいな雰囲気になっちゃってるけど
せっかく集まったんだし、帰りまで一緒に楽しんでくれたら嬉しいなっ
放課後遊びの最終兵器! ファミレスでおしゃべりー!
……やっぱりサービス精神多すぎだよね
ふふ……でもひかりちゃん、また元気になってくれて良かったです
いつもの調子を取り戻したひかりに、空子と唯は思わず苦笑を漏らす。
でも、ひかりが嬉しそうだからいいよね、と。
そっと視線を交わし合いつつ、そんなことを思う二人だった。
尊い、尊い。かなり尊い。
拝んどこ、拝んどこ。