今日も事務所で、平和な昼下がり。
ねーねーね、かえちゃんかえちゃん
はい。なんでしょう
お茶を運ぶ楓に、ひかりがまとわりつきはじめた。
さあ、とびきりの笑顔を私にください!
……にこにこ?
ああん可愛いっ!
――って、そうじゃなくて!
なんかもっと、こうっ! もっともっと笑ってほしいの!
わらっていますが。にこにこ
はうっ、胸がきゅんきゅんするぅ!
可愛いけど、とってもとっても可愛いけど!
でも違うんだってばー!
なにが、ちがうのでしょうか……?
楓が首を傾げている。
あのねあのね、もっとお腹の底からあっはっはー! みたいなかえちゃんが見てみたいのっ
おなかのそこから、あっはっはー
いやそれいつもの『にこにこ』の顔!
むむぅ……やはり手ごわい。こうなったら、徹底的にやっちゃうんだからねっ
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
と、いうわけで。
ひかりが提案して、事務所に来ていたアイドルたちを集めて、『かえちゃんを笑わせてみよう!』企画がはじまった。
椅子にちょこんと座る楓の前には、自前のネタを持ち寄ったメンバーが集まっている。
どうしてこんなことになったのか。
それにしても、みんな付き合いが良い子たちである。
はいはーい、みんな一列に並んでね?
きょうは、みなさん、私のためにありがとうございます
みなさんのためにも、おなかのそこからあっはっはー、します
うんうん。かえちゃん、今からいっぱい笑わせてあげるからね?
はい。がんばります
こういう昔話、聞いたことあるよね……
ああ、はいっ、お姫様を笑わせたら結婚できるってやつですよね!
ええっ! も、もしかして楓ちゃんを笑わせることができたら、けけけけ結婚……!?
わ、わわわ、笑わせてしまったら……結婚……!
何故か八葉が激しく動揺している。
少し涙目ですらあった。
じゃあじゃあ、トップバッターは私ね! いきまーす!
ひかりさん、がんばってください
なぜ楓は、応援する側になっているのだろうか……。
ほらほら! これでどうかな!? ぷぅぅ!
ひ、ひかりダメっ……女の子がそんな顔したらいけない!
唯がとっさに、ひかりを庇うように前に立った。
えーだめー?
ダメダメダメ……! 絶対に、ダメに決まってるから……!!
ゆ、唯ちゃん、怖いよ……?
ちぇー。ダメかぁ。とっておきだったのになー
かえちゃん笑ってくれなかったし……
とてもおどろきました。ひかりさんがひかりさんではなくなりました
おどろきすぎて逃げようとおもいました
ええーっ! あ、あう、じゃあ、もうやらない……
敗北したひかりは、すごすごとさがっていく。
で、でもでもっ、みんなには期待してるからねー!
最高のお笑いエンターティナーショーで、かえちゃんを思いっきり笑わせてねっ!
次は千乃の番だね? ふっふっふー
千乃のことだから、どんなすごい小道具が飛び出すかと思えば。
楓の前に立って。
笑わせるならこれが一番なんだよ? 千乃、器用だからね? こういうのとっても上手なんだ。こしょこしょこしょ~
単純なくすぐり攻撃だった。
くすぐったいです……
楓が何かにじっと耐えるように、震えている。
ん~? まだだめ~? もっと、もっとなのかなぁ? こしょこしょこしょ
……とても、くすぐったいです……
頬を染め、じゃっかん身をよじりながら、涙目で激しく耐えている。
ただ、笑うというよりは堪えられないといった感じだ。
ち、千乃も待って。なんかこれ、見てて変な気分になってくるから……!
ま、まるで楓が拷問されてるような……
んー、だめかぁ。くたくた
諦めて、千乃もさがる。
じゃあじゃあ、私の番ですねっ
空子は、自信満々に、楓にたい焼きを差し出した。
これ、楓ちゃんにプレゼントですっ!
プレゼントは、とってもとっても嬉しいですから! 楓ちゃんもきっと笑顔になってくれるかなって!
はい。とてもうれしいです。ありがとうございます、空子さん
にこにこ
えへへへへ! 笑ってくれましたぁ……! 私まで笑顔になっちゃいます!
にこにこ顔で向き合う二人には、どこまでも平和な空気が流れていた。
がくりとひかりがうなだれた。
はうー……それはそれで、本当に可愛いんだけど……私の求めてるのとは違うっていうか……
ひかり、大丈夫。趣旨は理解してるから
私、頑張ってみる
あうぅ、唯ちゃん頼もしい……!
唯が決意の表情で、持ってきたしろひぐまさんのぬいぐるみを前に出した。
しっ、しろひぐまさんの腹話術をやります
ボクはしろひぐまだクマ~! 面白い話をするクマ!
……?
へ、へー、面白い話って?
最近、ワルひぐまの奴がさぁ
声を裏返しつっつ、しろひぐまさんを操る唯。
……………?
……………
…………ごめん
きょとんとした表情の楓を前に、唯は真っ赤になってさがっていった。
ああぁ……唯ちゃん、ドンマイ……
楓まで、表情が落ちてしまっている。
立ち上がって、丁寧にぺこりと頭を下げた。
みなさん、ごめんなさい……
わたしのためにがんばってくれているのに、わたし、じょうずにわらえていません
もっともっとじょうずにわらえるように、まいにち、笑顔のれんしゅうしているのに……とてもふがいないです
かえちゃん……違うんだよ
練習とかじゃなくて、かえちゃんから自然に出てきちゃう笑いっていうのを見てみたくなっちゃったの
私のワガママで、無理させちゃってたら、本当にごめん
ひかりさん……
えへへっ、でも、無理させてたら、なんの意味もないよね!
かえちゃんはかえちゃんなんだもん! そういうとこが私、すっごく可愛くて大好きだし!
そのままでいいよ! てゆうか、ずっとそのままでいてね!
……はい
楓がかすかに微笑みを浮かべて、うなずいた。
くたくた。じゃあもうこの企画はおしまいかなぁ? 千乃、ソファーに寝にいっていい?
あ、でも、まだ、八葉ちゃんが残ってますよ
どうしますか、八葉ちゃん?
はうっ!
八葉がびくーんと身体を震わせた。
企画は終了の雰囲気だったのだが、一歩ずつゆっくりと、ガクガク震えながら楓へと近付いていく。
……八葉、さん?
あ、あの、あの、わ、わ、わた、わたわたわたしっ
がばりと頭を下げた。
か、か、か楓ちゃんとは結婚できませーん! ご、ご、ごめんなさぁああああい!
涙目で宣言して、猛ダッシュで逃げていってしまった。
……
取り残された楓が、ぽかんとしている。
……ぷろぽーずもしていないのに、結婚をことわられました
中学生どうしなのに。おんなのこどうしなのに
……ふふっ
八葉の行動が、楓のどこかのツボを刺激したらしい。
くすりと、楓が笑った。
あ、あ、あーっ!
ほんの一瞬の隙だった。でも隣に立っていたひかりは、見逃さなかった。
目に焼き付けました! い、い、一生の宝物にするぅ……! ありがとうありがとう、八葉ちゃんっ!
はて、なんのことでしょうか。にこにこ
本人は、無自覚のようだったけれど。