Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
セアト暦40年
英雄の輝石
9.エメラルド
鉱石の街、エメラルド。
街の北側に聳え立つ鉱山から採掘される鉱石によって築き上げられた街。
街全体としてはリバーストーンと同じくらいの大きさだが、吹いている風が違う。
この街では湿った土風が足元から吹いてきた。
雨水をためるための桶があちらこちらに置いてあり、どれも半分ぐらいまで水が入っていた。
砂の町よりも空は遠く、気のせいか空気が少し灰色だから、おぼろげでどこか空虚のように感じた。
それでもこの街の人にとってはこれが普通で、穏やかな雰囲気の中、家事の途中でなぜか集まった女の人たちが井戸端会議なんかしている。
土の道。
ひとつの道が太く、枝分かれで細くなっていく道の先にはログハウスのような家があった。
1件1件がかなり離れている。
煙突からゆらゆらと白い煙がたなびいて、空高く目指していた。
植物はおろか雑草さえほとんど生えておらず、土は湿っているのに不思議に思った。
プランターで花を育てている家もある。
気がつけば、男の人がいない。
街の入り口に構える旅人用の宿屋のおかみさんが教えてくれた。
男共なら皆採掘に行ってるよ
サイクツ?
鉱石を取りに行っているのさ
それがこの街の男の仕事なんだよ
みんな船乗りになるリバーストーンとそんなところも似ていた。
人は皆、生まれ育った町に縛られるのだろうか。
宿は2階建てで1階が食堂とエントランス、2階が客間になっている。
5室あるうちの、2室を借りた。
1室は誰かが泊まっているようで、2室は空だった。
小さなカウンターに置かれているざらざらの紙の帳簿にラムダたちは羽根ペンで記帳する。
フラウは自分の名前を書くと以前の記帳されている名前も熱心に眺めた。
ちょっと訊いていいかしら
レダっていう金髪碧眼の少年、来なかった?
帳簿に目を落としながら不躾に尋ねるフラウにラムダは苦笑した。
しかし若女将は大して気にもせず過去の帳簿を取り出してくれた。
レダ……ねぇ
あ、来たわよ
帳簿をめくっているうちに彼の名を見つけた。
フラウもラムダも一緒に覗き込む。
直筆の、整った綺麗なレダの字がほんの少しだけ風化していた。
けど結構前ねぇ
1泊しかしてないし
あ、ダイオスっていう人と一緒だわさ
え……フェシスって人は来ませんでした?
フェシス? ……さぁ、来てないねぇ
帳簿をめくりながら若女将が首を傾げた。
慣れた手つきで帳簿をめくっていたが、やがて諦めたようにパタンと閉じた。
あんたたち、その旅人を追っているのかい?
そうよ
レダとかいうのが何かやらかしたのかい?
違う。ちょっとわけあって……
彼の無事を確認したいのよ
おや。生き別れかい?
そりゃ大変だ。見つかるといいね
若女将が優しく言うと、フラウは初めて気弱そうに笑った。
見つけるわ。絶対
この街どうする? 聞き込みする?
リバーストーンやスプウィング、砂の町と違って人が流れない街だから大した情報はない。
そう判断したラムダは荷物を落ち着けたフラウが自分の部屋にくるなり切り出した。
少し動けばどこかが軋む古びた部屋。
土臭いこの町は、港町で育ったラムダには正直合わなかった。
全開にした窓からは、あまり風は入ってこない。
陽の光も弱いと思うのは、前にいたのが砂漠だからだろうか。
しかしレダとフェシスが一緒でないことが気になる。一体何があったのだろう。
それに、今になってフラウがレダを追っている理由も気になりだした。
そうね、レダが来たのが3ヶ月も前じゃ、あんまり情報がないかもしれないわね
あったとしても古い情報だから訳に立たないかも
だよなぁ
ラムダはベッドの上にひっくり返って呟いた。
人は流れる。
川のように。
そしてどこかで合流し海になる。
広く深い中、手探りで泳いで見つけられるだろうか。
流れが変わることもある。
のまれることもある。
レダの足跡を追うにも、世界は広すぎる。
幼い頃のような奇跡が起こらない限り出会えないかもしれない。
人に出会うということはそういうこと。
小さなタイミングと、縁。
ねぇ。フェシスって誰?
唐突にフラウが訊ねた。
え……フェシスを知らないの?
英雄フェシス!!
砂の町にも英雄伝があった!
ガバッと起き上がったラムダが驚いてフラウを見る。
そんなラムダにフラウは怪訝な顔をした。
知らないわ。誰よそれ
フラウの憮然とした言葉に、ラムダは何かに打ちひしがれた。
まさかフェシスを知らない人がこの世にいたなんて……
いいか、フェシスっていうのはな……
ラムダはフェシスについて知りうる限りを語った。