Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
セアト暦40年
英雄の輝石
8 音色にのせて
オアシスの畔でオカリナを吹いた。
ラムダは港町の出身なので様々な民族音楽を知っているが、オカリナは独学なので音階が分からず、適当に指を動かしていた。
それでも、音に対しての才能があるのかないのか、ラムダの音は綺麗に流れる。
オアシスの脇に立つ一本の木。
ここの木陰にちょうど置いてあった、座るのに丁度いい石に腰掛けて何も考えずに音を流す。
気持ちが乗ってくると目を伏せた。
ただ気ままに、流れる雲のように空を想いながら。
奏でるメロディーは爽やかでちょっとだけ物寂しく。
太陽の強い光に透明な水面が輝く。
名産品であっても実際にオカリナを吹く人はめずらしく、通りかかる人は流れるメロディーに振り返った。
オカリナだーオカリナだー
どこかで遊んできたのだろう砂まみれの小さな女の子がラムダに近寄ってきた。
ラムダが自分に何の反応もしてくれないからチョコンと小首を傾げるが、すぐに集中しているのだと知る。
ラムダの前にしゃがみ込んで目を閉じ聞き入った。
不思議な音。
重くもなく軽くもなく流れるままに自由に。
自然と身が入る。
音に支配される世界を初めて知った。
無名の旋律が響き終わると、ラムダは小さく肩を下ろしオカリナから口を離した。
そして目の前に女の子がいるのを見つけると少し驚く。
女の子は目をキラキラとさせてラムダに訊いた。
すっごーいっ!!
ねぇ、これどうやったら音が鳴るのー?
すごいすごいっ!
ねぇ、わたしにも出来る?
出来るよ。教えてあげようか?
ラムダが優しく言うと、女の子はすごい勢いで頷いた。
うんっ!
まってて、オカリナ家から持ってくる!
慌てて駆け出す女の子の背中を、ラムダは微笑ましそうに見送った。
砂の町には4日いた。
女の子にオカリナを教えていたら大人まで寄り出し、
「感謝の気持ち」とばかりに日持ちする食料をもらったりした。
オカリナの先生、忘れ物ない?
ラムダ! 忘れ物は大丈夫
フラウの軽口に真面目に反論しつつ、身の回りを確認する。
背中のリュックにははち切れんばかりに物が入っており、肩に掛けたショルダーからは入りきらない水筒がぶら下がっている。
腰ポーチにお金や薬やナイフの類。
何だかんだ来たときよりも荷物は増えた。
たくさんもらう“感謝”を無下に断ることもできず、大きな荷物に商人のようにもなったラムダにフラウは呆れ顔だ。
ラムダ一人では持ちきれずフラウまでリンゴのたくさん入った袋を持たされている。
2人は並んで町の入り口へ向かって歩いていた。
たった4日しか滞在しなかったとはいえ、苦労して辿り着いた町を離れるのは寂しい。
生まれ育ったリバーストーンを離れるときは旅への期待で胸は膨らんでいたが、今は向上心とそれと同じくらいの寂しさが占めていた。
次へ向かう街はフラウが決めた。
また新しい地図に新しい道。
出会うだろうたくさんの人と、今まで出会った人たちとの別れ。
先生、あれ、見送りじゃないかしら
え?
砂の町の北側。
来た時とは真逆の方角を目指すラムダたちの前には、あの女の子を中心に大人たちがたくさんいた。
……みんなオカリナを教えてあげた人たちだ
モテモテですね先生
その先生ってのやめろよ!
言い合いをしながら歩いていくと、女の子が気付いた。
せんせーっ!!
大手を振ってくれる。
ラムダも小さく手を上げて応えた。
大人たちも気付いて、ラムダたちを温かい目で待っていた。
先生、呼ばれているわよ
先生はやめてくれ……
ラムダはうんざりする。
しかし目をキラキラと輝かせた女の子が近寄ってくるとにっこりと笑みを見せた。
あのね、あのね、これ、お守り!!
女の子は背伸びしてラムダの手首を取った。
気を利かせて少ししゃがんであげると、照れながらラムダの腕に細く編みこんだミサンガをくくる。
不器用だが愛情のある結び目を作った。
旅がんばってね!
元気でね!
また遊びにきてね!!
たどたどしい口調で必死に伝える女の子が可愛くて、ラムダはほほえんで女の子の頭を撫でた。
君も。元気でね
うんっ!
女の子は精一杯頷いた。
光り輝く太陽がラムダたちの背中を押す。
こんな風に見送られたのは初めてで、寂しくもあったけどなんだか嬉しかった。