Wild Worldシリーズ

セアト暦40年
英雄の輝石

7.砂の町の英雄伝

 

 

 

 今から10年程前のことだった。

 オアシスを中心として栄え始めたここ砂の町に、異色な1組の旅人が訪れた。




 ひとりは、体躯のしっかりとした声の大きな豪快な男。

 ひとりは、金髪の穏やかそうな少年。

 フェシスとレダ。





 一見親子のようにも見える。

兄弟のようにも見える。

とにかく仲のいい2人だった。

どのような関係なのか、不思議な興味がわいた。



 旅慣れているようで、町に着いてはお互いやるべきことをまずこなしていた。

黙っていても雰囲気で分かる、お互いの信頼感。




 しかし、誰も何も尋ねはしなかった。

人には事情がある。

単純な旅行者なら話は別だが、旅人の事情は聞いてはいけないという暗黙の了解がこの町に根付いていた。







 だから、誰も何も聞かない。

温かい目で見守っていた。





 ふたりが何故ここへやってきたのか、詳しいことは分からなかった。

2人の存在感が強かったから、みんな気にしてはいたけれど。

 彼らがやってきた最初の晩、それは起こった。

 地面の中から、巨大な蟻のような虫が1匹沸いて出たのだ。

 サソリのような尻尾もある。

 もしかしたら毒もあるかもしれない。



 見たことのない生物だった。



 巨大蟻は重低音の悲鳴のような声を上げている。

 地面は震え、まるで大地の精霊の怒りのように感じた。




 砂漠の夜の凍えるような寒さ。

 真夜中だというのに皆飛び起き、世界がひっくり返ったかのような急激な変化に、呆然とする者もいれば、逃げ出す者もいた。



 巨大蟻は、地中から被ってきた大量の砂を吐き出しながら無差別に暴れまわった。

 目は見えていないのか、6本ある足は探るように動いている。

 泥壁や藁板の類は潰され、余波で吹き飛ぶ何かの破片などもあった。

 酷い喧騒。

 転んだ子供が泣いていた。

 赤子を抱いた女性はじっと身を潜めていた。

 老人は跪き祈った。




 男達は持ちうる武器で立ち向かった。

 たまたま居合わせた者同士、この寒さの中汗を飛ばす。



町の中央にある消えることのない暖を取るための炎の光が視界を作った。

 しかし、四方に伸びる影のせいか距離感が上手く掴めず下手に攻撃すれば仲間に当たった。




 上手く攻撃できても、皮膚が頑丈な殻のようでこちらの武器がだめになってしまうほどだった。

 使えなくなった武器は捨て、己の拳に頼る者もいた。どれだけ攻撃しても大したダメージにはならず、こちら側へのダメージのほうが酷かった。





 やがて皆諦め、武器を捨て逃げ惑った。



 地獄だと思った。

 この蟻が動くのを止めるまで(いつ止まるか分からないが)、町は破壊され続ける。




 人だっていつまでもつか分からない。

 もうすでに半壊滅状態で、体力も続かず物陰に隠れて息を潜めるのが精一杯だった。

 夜空が異様に綺麗だった。

 そんな様子を建物の影から目撃していたレダは、こんな事態でものん気に眠っているフェシスを起こしにかかった。

 揺さぶるだけでは起きず、お腹に思いっきりダイブしてやっと起こした。




 危機を察知し慌てるレダの説明は言葉にならず、事態をよく把握せぬままフェシスは寝ぼけ眼で外へ出た。

 そして、自分の体よりも大きく獰猛に暴れ回る巨大蟻の前に悠々と進み出ては軽々しく投げ飛ばした。



 重たい音が、衝動で潰れた家を飲み込むほどに響いた。

 広範囲に渡って俟った砂が皆の視界を奪った。

 それが収まる頃、恐る恐る目を開いた人たちが見たのは悠然と仁王立ちのフェシスの姿。


 余韻を終えて静まり返る砂の町。






 町の人は一瞬呆気に取られた。

 あれだけ多くの者達が力を合わせてもどうにも出来なかったこの巨大蟻に、たった一人であっさりと倒したのだ。



 フェシスは息をつきながら肩を回した。

 鍛え抜かれた肩が月明かりで光った。


 ひっくり返った巨大な蟻は足だけ懸命に動かして起き上がろうとする。

 フェシスは飛び巨大蟻の上に乗り、足を1本もぎ取った。

 そして腹部に拳を入れて気絶させた。





 これで完全に巨大蟻に勝利した。





 力尽きた蟻は口から大量の泡を吹いた。

 後に、この泡は難病の特効薬として使われることとなる。







 遠巻きに見ていた人が歓喜の声を上げた。

 巨大蟻が出てきた時よりも大きな震動が大地を揺らすが、そんなのは大したことなかった。





 この一夜、突然襲った恐怖を打ち砕いてくれたのだ。

 大地の精霊の怒りを静めたフェシス。彼は、神と崇められ神話になるまで語り継がれることになる。





 その後3日は宴が続いた。

 どこから入手してきたのか果物やら肉やら溢れるほどに振舞われた。





 壊れた町はまた復活できる。

 町の人は皆笑顔だった。










 

ラムダ

フェシスの英雄伝……

この町に伝わるな

 ラムダは感動していた。

 幼い頃憧れていた英雄フェシス。

 彼の物語が、今こんな近くにある。



 リバーストーンに伝わっていた話とはまた別だが、それがさらにフェシスへの憧れを募らせていった。


 一体、彼はどれほどの英雄伝を世界に残していっているのだろう。




 その全てを知りたいと思った。

 きりがないだろうけれど、それでも、彼のことを知りたいと思った。

彼の名を残そうと、その話の舞台となった道に“フェシスの道”と名づけたんじゃ
オカリナは、その時一緒にいたレダにあげたんじゃよ
少年がフェシスを起こしてくれなかったらどうなっていたか分からない
彼だって功労者じゃ

 ラムダは、自分の首に下げたオカリナを手に取り今一度まじまじと眺めてみた。

もう何度も見ているから、傷の位置やどの角度からみたら一番絵になるかなどよく知っている。

 しかし、そんな話を聞いた後ではやっぱり違って見えた。

 いつもよりなんだか誇らしげに見えた。





 レダにもう一度逢いたい。





 オカリナを見ていると、なんだかそんな感情が出てきた。


 もっと強くなってから会いたいと思っていたけど、このオカリナをくれたこと、もう一度ちゃんとお礼を言いたいと思った。



 それと、理由を聞きたい。

 こんな大事なもの、あっさりラムダにくれた理由。

それが君の手に渡ったということは、何か理由があるんじゃろう

 ラムダの心を読んだかのようにしみじみとご老人は言う。


 ご老人は遠い目をしていた。

 懐かしい日々を思い返すような遠い目。

 それと穏やかな表情。

そういえば最近、といっても1ヶ月前かな
レダがやってきたよ
フェシスでない人と一緒だったな
フェシスのことを訊いたんだが、教えてはくれなかった
わしはもうオカリナは作れそうにないが、死ぬ前にもう一度、あのフェシスの豪快な笑い声を聞きたいのう

   















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