動くな。
動けばこの刃は灯里に突き立てる

……

……灯里を殺したら、あんたも困るんじゃないのか?

他の女で代用できると言っても、あんたの「撫子」を完成させるには灯里が1番いいんだろう?



侯爵は「撫子」のために
「撫子」の所作を
灯里に覚えさせたと言っていた。

他の娘では――

それが良家の子女であっても

――「撫子」にはならない。









あの女ではほど遠い














顔が似ていたという瞳子でさえ
性格の面では
「撫子」にはなれなかった。


ここで灯里を害して
脳に支障が出ることでもあれば

完成目前の侯爵の計画は
パーツ集めの段階にまで
戻ってしまう。




そんなリスクを
負おうとするだろうか。

医学の心得があるとは言っていたが



いや。


逆に言えば、
侯爵が必要なのは灯里の頭部だけ。


脳が無事なら
晴紘を脅すためだけに
手足を1本ずつ切断することだって
今の侯爵ならやりかねない。

どうせきみに後はないのだ。
きみがここを出て「犯人は西園寺だ」と吹聴したところで誰が信用する?

証拠は何もない。
ここで私が話したことも、外に出てしまえばきみの妄想でしかなくなる。
世間もきみの仲間も……いや、きみの上層部がまず黙ってはいまい

……知ってます

俺はあんたを検挙することはできない



証拠がない。

「俺の目が証拠だ」なんて台詞は
法廷では何の効力も持たない。

でもここであんたを止めれば、不幸な亡くなり方をする娘は二度と現れることはない





侯爵は、他の華族も
撫子のような人形を欲しがるだろうと
言っていたが

それは「撫子」という実例が
完成したらの話だ。


今はまだ「撫子」は未完成。

そしてお偉い連中は
確実かどうかもわからないものに
金を出したりはしない。










あなたなら助けてくれると信じています











俺は約束したんだ。助ける、と



これから毒牙にかかるかもしれない
娘たちの未来を。

その咎を背負わされようとしている
人形たちを。


そして、





……間に合わなくてごめんな、紫季




灯里を。


























戯言を

犯人を検挙することもできない無能さを露呈しておいて、口先ばかり偉そうに

約束?
果たせるものなら果たすがいい。
だがきみが動けば灯里は死ぬ。それは変わってはいない










さあ

どうする?










【漆ノ参】歯車と、簪と・弐

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