あんたはそれでいいのか!?
灯里や紫季や、名前も知らない娘たちが、あんたのために死ぬんだぞ!?
晴紘がいくら叫んでも
侯爵の横に立つ女は反応を返さない。
まるで人形のように。
俺に助けろと言ったのはあんただろう!
「助けてくれると信じています」
そう言った時計塔の女が
目の前の彼女だという確証は
どこにもない。
顔が似ているだけの
別人かもしれない。
「人形」だから
設定されている以外の動きは
できないのかもしれない。
そう。人形なら。
顔を似せることなど
造作もない。
さっきから何やらわめいているが無駄なことだ
きみは人形が返事をするとでも思っているのかね? だとしたら良い精神病院を紹介しよう
……
侯爵はあの女を「人形」と呼んだ。
と、言うことは
あれは「人形」の撫子。
娘たちの体の一部が
既に移植されているかどうかは
不明だが
頭部はまだ人形なのだから
返事が返ってくるはずもない。
時計塔の女じゃないのか
もし彼女が時計塔の女なら
言動から
侯爵の行いを憂いていると推測できた。
反旗を翻してくれれば
講じられる策もあった。
でもただの「人形」では
そんなものは期待できない。
あの日
西園寺邸にいた撫子は
まるで人間のように動いていた。
だからこそ
この事件と侯爵との関係を
疑うことができた。
だが、あれも
元々設定されている動きでしか
なかったのだろうか。
こだわりすぎだろう、オッサン……
この場にいない森園輝に
怨み言のひとつも言いたい気分だ。
さて。お喋りが過ぎたな。
そろそろおしまいにしよう
灯里の遺体と一緒に残しておけば、きみたちの嫌いな「三流娯楽雑誌」が面白おかしく書き立ててくれることだろう。
連続殺人の犯人として
良かったな。迷宮入りしかけていた事件も解決だ。最後の最後に仲間の役に立つがいい
もっとも、そのせいで警察の信用は落ちるかもしれないがね
……
それでは
この一連の事件の主犯格は
西園寺侯爵ということで
合っているのか?
いつかの十一月六日に
自分に切りかかってきた黒マントは
真実ではなかったのか?
灯里と錯覚させるための
別人だったのか、
それとも
それ自体が幻だったのだろうか。
撫子
侯爵は
傍らに寄り添う女を見上げる。
もうすぐだよ。
お前はもうすぐ本当に私の娘になる
侯爵が腕を振り上げた。
その手に握られているのは
刃渡り三十センチくらいのナイフ。
どこかで見たような……
そう
最初に戻った十一月六日に
木下女史を刺そうとした犯人が
振り上げたナイフと同じもの。
……
晴紘は侯爵との間合いを測る。
灯里と紫季を置いていくのは
気がひけるが
とにかくこの場は一旦引いて――
動くな。
妙な動きをするようなら、このナイフはそのまま灯里に突き立てる