神 斬
髪 切 り屋

参の巻 金剛

4、六大(ろくだい)五

町石道を白い犬と黒い犬が先導して歩いている
その後を、若い僧侶、そのさらに後に、僧侶の弟子に見える
金剛杖を持って、歩いている若者の姿があった

遍照金剛

朱右殿、ここからは、御山に向かって歩きながら、すすめていきましょう

朱右

はい

遍照金剛

まず、拙僧が、何故、目を開けないで、この石道を歩けるのかと言いますと
 すでに、何百回、何千回と、上り下りをしているのは、もちろんの事ですが、目で見る以外の、人に備わっている、感覚を使って、いろいろな事を察知しているからです

遍照金剛

なーに、種を明かすと、簡単な事ですが

遍照金剛

拙僧の前を犬のコンとゴウが歩いていますよね
 よく耳をすまして聞いてみてください
 コンとゴウの足音と、拙僧と朱右殿の足音が聞こえるはずです

遍照金剛

当たり前ですが、体型、歩幅、四本足で歩く犬と二本足で歩く人、聞こえてくる、音は、微妙に違うはずです。

遍照金剛

私の左前を歩くコン、そして右前を歩くゴウ
 二匹の犬の足音の移動を耳で聞き分けて、それの動く、方向と距離を計算して、道が登っているのか、下っているのか、右に曲がるのか、左に曲がるのか、そして、何千、何万も登って経た、拙僧の頭の中にある、石道のイメージと、それらの情報から、次の足を出す位置をきめているのです

朱右

すごいですね、私には、とても真似できないと思います

遍照金剛

まぁ、そうおっしゃらずに、すぐには、無理かもですが
 すこし、お話を聞いてもらってよいでしょうか

朱右

わかりました、よろしくお願いいたします

遍照金剛

人には、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五つの感覚が備わっており
 これらを五感と申します。
 さらに、これら、五感を組み合わせる事によって、無限ともいえる、外界からの情報をうけて、それを元に、認識しているのでございます

遍照金剛

私が習得した、真言密教(しんごんみっきょう)では、人が感じる事を
 この世界を構成する、万物の根源体の内の、一つ、識大と考えております
 識とは、認識や意識に使われる字の識と書きます、識とは、すなわち精神的原理

遍照金剛

さらに、世界を構成する、万物の根源体、五大
 すなわち 
 地(ち)大・水(すい)大・火(か)大・風(ふう)大・空(くう)大の物質的原理
 そして、先ほど説明した、識を合わせて、六大と申します

遍照金剛

地(ア )、水(ヴァ )、火(ラ )、風(カ )、空(キャ )そして識(ウン)
 梵字(ぼんじ)と呼ばれる文字であらわすと発音はこうなります。
 梵字とは、そこの、町石に刻まれている文字です
 細かいことは、また、おいおいとお話いたしますが、
 私たち、真言密教の僧は、この六大を宇宙の森羅万象を構成する六つの要素とし、仏を悟る、すべの基礎としております。

朱右

へー、町石に刻まれてる、文字って、お寺とかで、よく見る文字ですが、梵字っていうのですね
 ひとつ、勉強になりました

空海は、先の、稲荷神の言葉を思い出していた


回想

白狐

それで、本題の話じゃが、遍照殿に
 これから、コン殿をつれて、御山を登ってくる、男を、壇上伽藍にまで、連れて、登っていく間に、少し鍛えてやってほしいのじゃ

白狐

遍照殿には、その男に、目だけで、見える物、以外を、感じる力、すなわち、六大を鍛錬をしてやってほしいのじゃ

遍照金剛

稲荷神に頼まれたのは、壇上伽藍に着くまでの間に、この六大の基本を、朱右殿に伝授してほしいとの事、時間が、あまりないので、これから、実践にて、基本を習得していただきます。


歩きながら、遍照は、さらに話を続ける

遍照金剛

では、わかりやすく、お話していきます。
 朱右殿、目を閉じて、ゆっくりでよいので歩いてみてください

遍照金剛

いま歩いている、地面の感覚を
 朱右殿が、はいている地下足袋を通して、あなたの足の裏から感じてみてください

朱右

はい

朱右

ここは、山道なのに、土がふかふかで歩きやすいですね

遍照金剛

では、次に、今の場所で止まってください

朱右は歩くのを止めた

遍照金剛

目を開けて、リュックに入っている、ペットボトルを取り出して
 水を口に含み、目を閉じてから、飲んでみてください

朱右は言われたとおりにやってみた

遍照金剛

朱右殿、何か感じれましたかな?

朱右

当たり前ですが水の味がしました。あと水が喉を通る時、つめたいと感じました

遍照金剛

では、目を開けて、頭上を見てもらってよいですか

朱右

はい

遍照金剛

何が見えますかな?

朱右

えっと、木の大きな枝が見えます

遍照金剛

では、目をつぶり、今の感覚を覚えてください
 そして、私の合図とともに、ゆっくりでよいので、十歩程、前に歩いてみてもらえますか

朱右は言われたとおりに、十歩程前に歩いた。

遍照金剛

先ほどの、場所と、今の、十歩程歩いた場所、目を閉じて、感じる事の違いはありますか?

朱右

そうですね、なんだか、さっきより暖かい感じがします

遍照金剛

朱右殿、では、目を開けて、再び、頭上を見てもらえますか

朱右は、目を開け、頭上をみた
先ほどとは違い、木の枝の切れ目から、太陽の光が
朱右を照らしていた。

朱右

(なるほど、遍照さんが、何を俺に教えようとしているのか、なんとなく解ってきたぞ)

遍照金剛

朱右殿、では、手に持っている、金剛杖を見てください

朱右は金剛杖を見た

遍照金剛

今の、金剛杖の見た状態を記憶して
 再び、目を閉じ、また、前に十歩程、進んでもらえます

朱右は言われたとおりに、さらに、十歩程前に歩いた。

遍照金剛

朱右殿、今、感じる事を、言ってみてください

朱右

そうですね、私の、左側から、風が吹いているのですかね、さっきは、全く感じなかったのに、不思議ですね

遍照金剛

わかりました、再び、目をあけて、金剛杖を見てもらってよいですか

朱右が右手に持っている、金剛杖に、まかれている、先ほどは、全く動いていなかった、赤色のリボン紐は
風の流れに沿って、左から、右へとはためいていた

遍照金剛

では、最後に、もう一度、目をつぶってみてください。

朱右は、目を閉じた

遍照金剛

目をつぶったまま、今から、おこる、変化を感じて、教えてもらいますか

遍照の足音がだんだんと朱右に近づいてくるのがわかる
そして、風が流れてくる、風上に遍照は立ち止まった。

遍照金剛

朱右殿、先ほどと変化したこと、そして、感じたことを言ってみてください

朱右

そうですね、遍照さんが、私のほうに近づいてきたのですかね
 それと、何でしょうか、御線香みたいな・・・というかお寺っぽい、匂いがするというか

遍照金剛

ふむ、よくおわかりで

遍照金剛

目を使わなくても、足音、そして空気の流れにのって、御線香みたいな、においの元、塗香(ずこう)香りを、朱右殿は感じているのですね

空海

塗香(ずこう)の原材料は
 白檀(ビャクダン)・沈香(じんこう)・桂皮(けいひ)・ウコン・丁字(ちょうじ)・龍脳(りゅうのう)・貝甲香(かいこうこう)などの、薬効成分を混ぜ合わせてつくられております

そう、話終えたと、思った瞬間、遍照が持っている、錫杖の音がしたと同時に、朱右の頭に巻いていた、手ぬぐいが、何かに、ひっかかって脱がされたいた

朱右は、慌てて目を開けて言った

朱右

いきなり、びっくりするじゃないですか、遍照さん

朱右の目の前には、錫杖の先に、ひっかかった、朱右の頭に巻かれていた、手ぬぐいがあった

遍照金剛

驚かせて、申し訳ございません、でも、もし私が、敵なら、朱右殿、あなたはどうなっていたでしょうかね?

朱右

たぶん、やられてましたね

朱右は、少し不機嫌そうな表情で答えた

遍照金剛

朱右殿は、拙僧の事を、確実に味方と感じていたので、不意に攻撃されて、びっくりなされたのだと思います

朱右

そのとおりです

遍照金剛

拙僧が、今の行動で、朱右殿に教えたかった事は、精神的原理の識大、自分の識大を感じ、相手の識大をも感じる事の重要性を説きたかったのでございます

遍照金剛

敵として認識して、身構えていれば、拙僧の錫杖に、頭にかぶっていた、手ぬぐいをとられる前に、よけていたでしょう

遍照金剛

このように、認識の違いで、予想外の事が起きたときに、意外に、人というものは脆いものです、対応を間違えると、取り返しがつかない事があることを、知ってほしかったのです

朱右

わかりました

朱右

遍照さん、今の話をふまえて、ちょっと、私に気になることがあるのですが
 お話を聞いていただいてよろしいでしょうか?

遍照金剛

はい、なんなりと、では、歩きながら、話しましょうか

朱右は手ぬぐいを頭に巻き
再び一行は歩き出した

朱右

昨日の夜のことなのですが、白狐さんに、言われた事がありまして

朱右は昨晩の事を思い出していた。

白狐

それはありがたい、しかし、次の戦いで、そなたが死ぬ前には
 連れて行ってもらえるのかのぉ?

朱右

こんなことを言われました、今晩は、満月だと思うのですが
 私が、子供の時と今年のお正月、黒髪と戦った日は、いずれも 満月の夜でした。

朱右

それと、先ほど、遍照さんが、二つ鳥居で、差ししめした方向に、大量の黒髪が、柱のように上がっていた方角の場所は、推測するに、今、私達が目指している、壇上伽藍のあたりだと思うのですが

朱右

今夜、黒髪との闘いがあって、私が、死ぬ事を白狐さんはわかっているではないかと、不安で、しかたありません

遍照金剛

朱右殿が考えている事はわかりました。不安になるお気持ちもわかりました
 拙僧は稲荷神では、ございませぬゆえ、彼女が何を考えているかの、明確な答えは、わかりかねますが

遍照金剛

ひとつだけ、しっかりとわかる事があります
 昨晩の時点で、稲荷神が言った言葉が真実であるのならば
 朱右殿に、六大の基礎を教え鍛錬するようにと、今朝、拙僧に、言ったという事は、この鍛錬に、朱右殿の生死がかかっているという事ではないでしょうか?

なぜか、百十三番町石の辺りから、ゴルフ場が
町石道の右側に見えている

そこを通過して歩いている二匹と二人であった

遍照金剛

もう少し行くと、神田地蔵堂という建物があります
 拙僧ができる事は、壇上伽藍に着く前に、朱右殿にできるだけ、いろいろ教えさせてもらう事だと思います
 ですが、何事も準備というものが必要です。
 先のお堂でお昼ご飯にしましょうか

遍照金剛

古来より言われてる言葉ですが、今晩戦いになるのであれば尚の事ですが、腹が減っては戦はできぬと申しますのでね

 神 斬
髪 切 り屋

参の巻     金剛 5.空海 一に続く

神斬髪切り屋 参の巻 金剛  4 六大 五

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