ユフィは理解した。





 恐怖に震え、自分の弱さに身を縮ませたロココが刻弾を出せないことを。魔物に掴まれたハルを助ける力が自分にないことを。



 そう理解した時、眼前の魔物から不思議なほど眩い光が放たれた。

ユフィ

!!

 アンデッドアクスは眼前から消えて居なくなっていた――。

 ハルも無傷ではないが無事。右手の剣で光を遮っていたジュピターも、不思議そうに口を半開きにしている。涙でぐしゃぐしゃになったロココが、何かに気付き目を見開いた。

ロココ

アァ、アデル……さん?

ユフィ

アデル!?

 地面にへたりこみ、ギリギリ自分の身体を支えるので精いっぱいのアデル。そこに真っ先に駆け寄ったのはユフィだ。呼吸の感覚が不自然なほど遅くて、意識が薄く、体温が低い。





 ――刻弾を使用したのだ。





 ユフィは直ぐに状況を理解し声をあげる。

ユフィ

直ぐに撤退!
次の魔物と遭遇する前に
地上に帰るわ!

 ハルは右肩を庇いつつ、ユフィの声に反応して鬼義理を鞘に収めた。ジュピターがダナンの元へ駆け寄ると、ダナンは頭を押さえながら意識を取り戻していた。そしてアデルの異変に気付き、まだ意識を取り戻さないアデルを両腕に抱える。

ダナン

で、どっちだ?

 ダナンのセリフは、ユフィの顔色を青くさせるには充分だった。

 理由は一つ、地上への帰り道。一本道なのに、乱戦の為、前後を見失ったのだ。


「一本道なら迷うわけない」

 迷宮に降り立った時、そう口にしていたユフィは自分の考えの甘さを思い知らされていた。一刻を争うこの状況で道に迷うなど、危険極まりないからだ。

アリス

んっ?
こっちだろ。

ユフィ

コフィン

アリス

お?

コフィン

アリス……

アリス

悪い悪い。
つい口が滑ってしまった。

コフィン

ふぅ~。
いえ、まぁ、
勉強になるでしょう。

 アリスがつい口出しをしてしまう結果になった。

 ――覆水盆に返らず。ユフィは即座にアリスの言った方へ進路を決めた。

 ――が、そこからが大変だった。






 すぐにブロンクスに遭遇してしまったのだ。

ブロンクス

 この魔物と出会うという事は、地上とは逆方向という事。アリスも直感だけで口に洩らしていただけなのだ。

 それが直ぐに理解出来たユフィは、即座に踵を返した。コフィンが「勉強になった」と言わず「勉強になる」と言ったのは、アリスの言葉が間違っていると気付いていたからなのだろうか。

ロココ

ええええ!

ダナン

なんだこりゃ?

 引き返している途上、ロココとダナンが驚きの声をあげる。無理もない。又、ブロンクスと遭遇したからだ。


 次のブロンクスは、ジュピターの連撃であっという間に討伐出来たが、いよいよどちらが地上か分からなくなってきた。

ジュピター

偶然にも新しいやつが
逆側から現れたんだろうな。
どっちが新しいやつか
分からないけどな。

ユフィ

今のブロンクスは
脚部の損傷を
確認出来たかしら?

ジュピター

全然見てねぇ。

ダナン

瞬殺だったし
今のやつがさっきの
やつじゃねーのか?

ジュピター

さっきのはどこか甘くみてた
とこがあるんだって。
本気出せば瞬殺は当然。

アリス

待てクリクリ坊主。
それではわたしが
間違っていたってのか?

ハル

駄目っす。
全く分からなくなって
きたっすよ。

 ハルが目を回し始めた頃には、アリスも混ざってあっちでもこっちでもないとは話がぐちゃぐちゃになって纏まらなくなっていた。

アデル

う~ん……

ダナン

お、アデルちゃん。
目を醒ましたか。

アデル

BIGファムンテン
おかわりお願いします。

 アデルの寝言が、荒れていた場の雰囲気を波一つない湖面の如き静けさに変えた。

アデル

あ!
あれ?
ファム……
じゃない、魔物は……

ハル

アデル!
良かったっす。

ユフィ

大丈夫?
どこか具合が悪ければ
遠慮なく言うのよ。

アデル

はい。大丈夫です。
ご心配お掛けしました。

ジュピター

さっきの寝言で
だいぶ安心したけどな。

アデル

寝言?
……え~と、
無事に切り抜けられたのですね。

ダナン

魔物はな。
だが道に迷ってる。
しかも一本道にな。

ユフィ

アデルはマッピングしてた時、
何か覚えてる事ないかしら?
帰還する事にしたので
地上に向かう方向だけど。

アデル

おそらくこの向きで
間違いないと思います。
マッピングの時、
この飛び出した壁面の形が
デザートチェケンみたいだなって
印象的だったので。

ダナン

って事は、
やっぱりてめぇっ!
このゴリラ女!
お前が間違って……

ダナン

っでーーー!!
なんでまた俺が
蹴られんだよ~。

アリス

よし、帰るぞ坊主ども。
一件落着だ。

アリス

このタコ坊主に
制裁を加えてからな!

 この後、ハル達は何事もなく帰還出来た。



 死亡率の高い初陣を全員生還で終えられた。短い間の探索だったが、それぞれ得るものは大きかった。


「ご苦労様でした。本日は特別にご馳走させて下さい」

 とのコフィンのセリフに、ワッと盛り上がる面々。ハルは無事に迎えられたこの時を、純粋に楽しんだ。









 ちなみにガーディアン・ゲートを越える時、必要があれば応急処置をしてもらえる。それに厄介になったのはダナンだけだった。

 ~航章~     69、覆水盆に返らず

facebook twitter
pagetop