Wild Worldシリーズ

セアト暦40年
英雄の輝石

2 新しい街

 

 

 

 高い空に澄んだ風。

 温暖な気候は過ごしやすく、見たことのない鳥が空を飛んでいた。



 空気は湿気てもなく乾いてもなく、肺の中に気持ちよく流れていく。

 そっと手を伸ばしてみると、リバーストーンでは少し痛いようなそれが、ここではやさしく包み込まれる。

 大河を渡っただけで、こんなにも世界が変わるものかとラムダは感心した。




 船を下りてから視界に広がるのは風車。

 一軒一軒の間隔が広く、傾斜が多い。

 その少しでも高くなっているところに、風車がゆったりと構えていた。



 リバーストーンでは水車だったが、この町では風車らしい。

 そんな違いにも、ラムダは楽しくなった。




 ゆるやかに流れる時間。

 暖かな風が、ラムダの短い髪をゆらす。




 ラムダは、リバーストーンに訪れる旅人達の見よう見まねの格好をしていた。

 12年前、レダからもらったオカリナを、何かの証のように胸に下げていること以外は特別な特徴はなく、ごくごくシンプルな旅人だった。




 
 船着場の先、町への入り口に、

 『ようこそ、スプウィングへ!』

 という立て札があった。


 手書きの筆跡で、温かみがある。

ラムダ

スプウィングかぁ

 呟いて、ラムダは足を踏み出した。



 舗装路は細く、出来る限り一本道で延びている。

 他はみどりの芝で広がっていて、視野が広い。


 リバーストーンでは建物が隣接しあっていたが、ここではそんなものはない。


 
 新しい風を胸いっぱいに吸い込んで、ラムダは期待でキラキラと輝いていた。

旅の人かい?

 地図を眺めだしたラムダに話しかけてきたのは、初老のやさしそうな女性だった

ラムダ

はい、そうです

 初めて話しかけられて、ラムダが少し緊張して応えると、彼女はにっこりと微笑んだ。

 そして少し離れたお店を指差す。

だったら、あそこの“風来亭”へ言って見るといいわよ
あなたのような旅人がたくさんいるし、食事もとれるし宿も取れる

ラムダ

わぁ! ありがとうございます!!

 教えてもらった情報。

 ラムダは早速そこに行ってみることにした。

 船場から1番近い距離にあり、造りはシックで気さくさがある。

 外に出ている木製のイスに黒板が立てかけてあり、そこに

 “風来亭”

 と書いてあった。



 早速ドアを開けてみる。

 風来亭は酒場のようだった。

 少し重たい樫の木の扉をくぐると、きついアルコールのにおいが鼻につく。

 ラムダは顔をしかめた。

 本来こういう場が苦手なのだ。

 若干薄暗い店内には、昼間だと言うのに大男たちが酒盛りをしていた。

んー? 新入りかぁ?

呼び鈴でラムダに気付いた誰かの声。

ずいぶん可愛いボクちゃんじゃないの

 それに反応した誰かの声。



 よく見ると彼らはみんな動きやすい格好をしていた。

 屈強そうな男達は立派な筋肉の古傷を勲章のように見せ付けたりしている。

 背中や腰ベルトに彼らの武器が掲げられ(武器が邪魔な人は壁に立てかけている)、小さなイスに窮屈そうに座っている。




 何人かが自分を見た。

 少しドキリとした。

 しかし、次に不安にかられた。




 彼らと見比べると、自分はなんて貧相なんだろう。

 こんな弱そうな子供が、話しかけたりしてもいいのだろうか。





 彼らはみな、強いのだろうか。

  彼らのように強くなれるのだろうか。



  強くならなきゃ旅は出来ないのだろうか。

 旅をしているうちに強くなれるのだろうか。

 自分はこの先旅が出来るのだろうか。

怖いですか? 
旅人なら平気ですよ
みんな気さくないい方々ですから

 見かねた若い店員が、ラムダに近寄りカウンターに案内する。

 そして、アルコールゼロのグレープジュースをラムダに差し出した。

サービスで、最初だけタダです

ラムダ

ありがとう

 薄暗い店内の端っこに腰掛けると、少し落ち着いた。

 グレープジュースの味は分からなかったが、のどが潤うと冷静になれた。

ラムダ

 自分はまだ若いんだ
 それを武器にやっていけばいい

ラムダ

この先、成長していけばいい
誰かと比べて急ぐ必要なんてないんだ

  他の旅人達はみな、情報交換をしたり、苦労話や自慢話をしている。

 そしてみんな笑い合い、ひと時の休息を楽しんでいた。

 

 
 思えばこういうのも悪くない。しかし……

ラムダ

真面目なんだ

え?

ラムダ

あぁ

 言葉少なだが、店員にはラムダの言いたいことが分かったようだ。


 オカリナを弄ぶ。

 昼間から酒を呑むなど考えられない。

 真面目で堅い性分なのだが、妥協も覚えないといけないだろう。



 自分も旅人だが、まだリバーストーンからここまでしか来ていない。

 まだなんの経験もないし、知識だってない。

 この若い店員が、1番自分に近い気がして、安心した。

 それを察した店員は、気を使って話し出す。

ここは仮にも港町ですから、あぁいう人たちも多いんですよ
これから陸のほうに向かうおつもりでしたら、今のうちに情報交換しておいたほうがいいですよ

ラムダ

情報交換……

 ラムダは少し考えた。

 リバーストーンでも、出来る限りの情報を得ようとして、酒場や宿屋に向かったが、大河を越えようとするラムダがおかしすぎて、情報をくれるというよりもどうして旅に出るのかと問い詰め続けられた経験がある。

 結局、偶々か計画かリバーストーンに寄る本物の旅人を捉まえては、役に立ちそうなことを聞いていた。




 ここは、違うのだろうか。

 
 ただ、情報はあるに越したことはない。

ラムダ

じゃあさ、これ知ってる?

ラムダ

砂の町、っていうところの伝統品らしくて、俺、そこに行ってみようと思うんだ

 行く当てはない。

 だったら、知っている名前の町に行ってみよう。



 そんな風に思っていた。

 そこから、徐々に行動範囲を広げていこうと思う。



 たくさんの町に行って、たくさんの人に会って、自分を成長させたい。

 
 自分がどこに行き着くのか。そんなことも見てみたい。

砂の町ですか。確か、遠いですよ

ルートは2つある。と店員は言った。



 一度馬車でセアト城まで向かい、異紡ぎの森を迂回して南に下るルート。

 こちらは、かなり遠回りで金もかかる。



 もうひとつは、フェルケ砂漠を通りながら直接向かうルート。

 こちらは近いが、砂漠を通るため道に迷いやすく、命の保障もない。




 砂の町に向かう旅人もそれなりにいるが、噂はあまり聞かないという。

ラムダ

……危険な町なの?

危険なのは町ではなく、そこへ向かうまでのルートです
どちらを選んでも、無事に辿り着くかは分からない

無事に辿り着いたとしても、無事に帰れるかは分からない
……いいですか。旅は常に危険と隣り合わせです
何を目的としていても、まずは自分の命を守ること
それがなければ、何もできません

 若い店員は、ラムダの目を見て強くそう言った。










    

pagetop