ウラシマ

大箱を開こう

 箱の蓋を開く。
 もくもくと煙が上がった。

ウラシマさん?

オト姫

………

 煙の向こうで
泣きそうな亀の姿と、

妖艶なオト姫の笑みが
チラリと見えた。

ウラシマ

あ˝?!

……………

箱の中に在ったのは





だった…



ウラシマ

俺が、どうしてそこで寝ているのだ

ウラシマ

ああ、俺は死んでいたのか

オト姫

この竜宮城に運ぶ途中で溺死していますのよ。忘れたの?

オト姫

今の貴方は、この男の魂

ウラシマ

くっ

ウラシマ

死体をどうするつもりだ

オト姫

私が欲しいのは若い男のエキスよ。貴方のエキスも鮮度が良いうちに美味しく頂くつもり。

ウラシマ

いい趣味しているな。
魂だけ放置したのは戯れかい?

オト姫

慈悲よ。美女に囲まれて幸せだったでしょ

ウラシマ

嘘だな。幸せから絶望に突き落としたかったんだろ?

オト姫

そうよ絶望に歪む貴方の前で、貴方を喰らいたかったの。そうやって人間の頃の姿をしていられるのも今だけ。
肉体が消滅すれば貴方も消滅するのよ。肉が喪われ、骨となり、そして何もなくなってしまうの。

ウラシマ

悪趣味だな

オト姫

………

ウラシマ

どれを選んでも俺は帰れないのか

 何だかどうでもよくなった。

ウラシマ

そうか

 ゆっくりと亀に近づく。

ウラシマさん?

ウラシマ

騙されていたとしても、この気持ちは本物。君を心から愛しているんだ

………

ウラシマ

………

彼は亀の両頬を
両手で包み込む。

うらしま……さ……

ウラシマ

黙って

 そっと口づけをすると、
亀の顏がかぁぁぁと赤く染まった。

……っ

ウラシマ

…………

ウラシマ

うん、良い子だね。……ご褒美だよ

 彼は、ゆっくりと……

あぅ

もうひと口だけ

!!

オト姫

な、何をしていますの?

彼の行動には
オト姫も目を見開いて驚く。

彼は亀の喉に噛みついていた。
したたり落ちる血を吸う。

何って。大好きな子を俺の一部にしただけだよ。死なない程度に噛んでいるよ。大好きな子だもの。ずっと昔から

…………

おや? 魂である俺が彼女のエキスを吸ったからだろうか。
亀のエキスは万能薬と呼ばれている。だから、俺の肉体に血が通い始めている?

オト姫

………そ、そんなことが

君はとても甘美だね。お蔭で力も記憶も全て取り戻したよ

あ、りがとうございます

とろけるような目で
亀は彼を見上げた。

 彼がパチンと指を鳴らす
 箱の中に在った身体が消えた。







 魂と肉体が一つになる。

やっぱり、肉体は必要だな。ありがとう、オト姫。君が俺の身体を残していてくれて良かったよ

オト姫

え?

この身体なかったら、別の身体を探す必要があったからね。
丁度良い身体を探すのは大変なんだよ。女の子が喜ぶ若い姿じゃないと、困るんだよ。

オト姫

まさか、ウラシマさま……あなたは……

真っ青になるオト姫に
彼は微笑んだ。

ウラシマって言い方、やめてほしいな。それって、この地に招かれる男の通称名だよね

竜宮城に招かれる男を
オト姫たちは【ウラシマ】と呼んだ。


1000年前。
初めて招かれた男の名前が
【ウラシマ太郎】という名の男だった。

それ以来、男を
【ウラシマ】と呼ぶようになる。

つづく

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