あん兄の車は、迷路のような住宅地をするすると縫うように走っていた。
あん兄の車は、迷路のような住宅地をするすると縫うように走っていた。
すごいすごい、運転うまいねあん兄ー!
GPSがあれば、誰であろうと世界中 どこでも走れるさ。それより稲葉、 お前運命を信じるか?
運命? 好きな人とか、宝くじとか?
ああ。例えば俺は昨日朝起きて職場に ついた時、今ここでお前といる事なんて想像もしていなかったわけだが。
うん。
もしお前が俺の立場だったとして、 事前にこのことを知らされていたら、 お前はその内容を信じたか?
うん? あたしとあん兄が会うのが運命だったってこと? 実際に会わないと 半信半疑かなあ。え、そうだったの?
今のは例えばの話さ。お前でいうなら、恋人や宝くじが当たったら信じるって ことだろ?
うんうん、当たったら信じちゃうかも!
つまり運命ってのは起こってから初めて実感できるもので、占いや預言を信じる信じないは人それぞれってことだな。
うん。そうだね。
だからこれは俺の経験談で、信じる 信じないはお前の自由なんだが――。
あん兄が何か言いかけたとき、突然あたしのスマホが振動した。
病院に入る前に電源は切っていたはずなのだが。何かの拍子に入ってしまっていたのだろうか。
あん兄は会話を中断し、あたしに出るように無言で促した。
ん、ごめんね。誰だろこんな時に。
お願い、助けて!!
突然画面いっぱいに、知らない女の子の顔が映し出された。
びっくりしてあたしは思わずスマホを取り落としそうになる。
車内に響いたその声に、あん兄も思わずこちらに顔を向けた。
わわっ、なになに、あなた誰!?
ほう、UMA-3000じゃないか。そんな アプリあったんだな。それとも何かの イベントか?
あん兄の冷静なリアクションのおかげで、あたしは平静を取り戻す。
UMA-3000。あたしが昔介護士の免許をとったとき、話題になった当時最先端の介護用ドロイドである。
人間のような精緻な見た目と裏腹に、黙々と仕事をこなす姿が一部の熱狂的なファンを生み出し、これを買うためだけに介護士の資格を取るツワモノもいるとかいないとか。
もちろんあたしには介護用ドロイドの知り合いもいないし、こんな感情表現が豊かなドロイドは見たことがなかった。
えっと、助けてってあたしに言ってるの?
そう、今からボクのデータを送るから、それをキミのスマホにインストール してほしいの! 聞いてくれたら 何でもいうこと聞くから、お願い!
なんだか新手の怪しい勧誘みたいで正直怖かったが、画面の前の少女の必死さは本当の気がしていた。
見ると、いつのまにか未開封のデータが画面の隅に待機していた。
このスマホ、まだ支払い終わって
ないんだけどなあ……。
わわっ、気づかれちゃう! はやくはやく急いで時間がない!!
あん兄をみると、「好きにしろ」と言わんばかりに無言でこちらの様子をうかがっていた。
あたしは同情と好奇心と期待と不安と色々なものがないまぜになった気持ちで、「はい/いいえ」のボタンに指をかざし――。
えいこの、どうにでもなれ!!
……。
インストールします。