姉さん、ここのやりとりはお願いね

了解した。なら、こっちのカラーの仕上げはよろしく

任せて

ペンタブを忙しくこする音が響くのが二人の日常になって早一年。

あの日、家に帰って二人そろってお風呂に直行し、霜焼けの痛さに無駄に叫んではしゃぎあってから、私と姉はすぐに行動を開始した。

お母さん、お父さん。――私、漫画家になりたいんだけど、なってもいい?

……え? 急に何言ってるのココロ?

私の発言に、当然両親は困惑した。

これまで見かけ上優等生であった私にしてはあまりに急な話ではあるし、衝撃が大きいのは自覚していたところだから、この反応は予想通りではあった。

だから、私は畳みかけた。

勝算はあった。

嘘みたいな話だと思うけど、私、本気だから。

担当の編集から送られてきた推薦文を両親に見せると両親が息を飲むのが分かった。

そこには「10年に一度の新人」といった恥ずかしすぎる賛辞の言葉が並んでいる。

そして、末尾に両親に向けてのメッセージと担当の連絡先が記入されている。

そのメールアドレスは某有名編集社の社内アドレスと相違なく、電話番号もホームページ記載のものと同一だ。

念には念を入れて自分で電話した時の受付とのやりとり、担当との会話の録音も用意した。

とりあえず、私がスカウトされていることが嘘ではなく、親の許可さえ下りればすぐにデビューできる状態であることを説明した。

ただね、月刊雑誌とは言っても高校生が一人で描くのは難しいんだ。
かと言って、お母さんやお父さんからしたら、私が高校を中退するなんて許せるわけないよね。

私の言葉に父と母が頷いた。

ここまでが前置きだ。

どうしたいかという希望と、現実問題として抱えるだろう問題点の報告。

そして、これから述べるのはその解決策――

だから、未来姉さんを私に頂戴。

……え?

言葉を失う両親に私はそのメリットを述べた。

私と姉の二人で取り組むことで、デジタルアシスタントを雇えば月刊連載を高校に通いながらでもきっとやれること。

そして、その交換条件として姉を高校に通わせること。

これらのことは既に姉から了承を得ていること。



――つまり、この条件を両親が飲めば、必然的に両親の頭を悩ませていた姉の不登校が解決するのだ。

そのメリットに気づいた両親は二つ返事で私と姉のデビューを了承した。

ただし、当然のことながら姉が再度不登校になったり、私の成績が下がったりした際には連載を辞めさせるという条件を飲まされた。

まあ、この条件については担当さんとも事前に話しておいたので、なんの問題も無い。

涙もろい担当さんは、両親からOKの書類をもらったと伝えると電話先で誰よりも先に泣いてくれた。

その涙が私と姉の船出を喜ぶものなのか、連載に穴をあけるリスクが高まったことによる胃痛によるものなのかは分からない。

『あんたたち、絶対に高校を無事に卒業するのよ』と強く言われたことから、もしかすると後者の意味合いの方が強いのかもしれない。


何はともあれ、こうして私と姉は漫画家デビューし、高校生活と漫画を両立が始まった。


そこには並々ならぬ苦労もあった。

例えばこんな風に――

……Zzz……Zzz……

……はっ! 姉さん起きて! もう4時!

昼間を高校で過ごす以上、絵を描くのは深夜にやることが多かった。

しかし、5教科などの頭だけではなく、体育などの身体を動かす教科もある高校は予想以上に体力を使うようで、夜は正直言って眠かった。

眠い頭で作業をしても失敗のもとであるため、「少し寝てから再開アラーム」を使うことも多く、必然的に寝過ごすことも多かった。

誰がどう考えても間に合わないようなスケジュールをもとに、30分くらいなら寝ても大丈夫と判断して寝てしまうこの現象は一体なんなんだろう。

やはり、正常な判断が出来なくなっている証拠なのだろうなと思う。

この日は朝通学する前に絵を提出する予定だったが眠気に限界がきて、零時半から1時間半だけ睡眠をとる予定だったのだが……気づけば朝になっていた。

こういうときの姉は厄介だ。

……Zzz……Zzz……

駄目だ、起きない……

姉は睡眠欲に忠実だ。一度寝たら満足するまで基本は起きない。

でも、今の姉には対抗できる手段がある。

仕方ないか……これでもくらえ!

コッ!! と景気の良い音を立てて、私の中指が姉のおでこに突き刺さった。

ぎゃあっ!!

我ながら近年まれにみる必殺のデコピンだった。

飛び起きた姉の目にみるみる内に涙がたまっていくのが分かった。

……なにするんだよぅ、痛いじゃないか……

ご、ごめんね、でももう時間が無いから……

もともと痛みに弱い姉だから、目覚めはバッチリだ。

デコピンは痛覚が戻った姉だからこそ通じる私にとっての最終手段だ。

うー……あと何ページだっけ?

3ページ、かな。

1ページ1時間、か。まあ、やってやれないことないかな。

ぎりぎりだねー……頑張らないと、って今日英語の小テストじゃなかったっけ!?

あ…………

う…………

……おやすみ。

待って! 寝なおさないで未来姉さん!

ええい離せ愛するココロ! 追試のせいで同じテストを一日に二回も受けて両方とも赤点を取って恥をさらすくらいなら私は今日を休んで明日一回だけ受ける!

……どうせ翌日は翌日で違う小テストがあるんだから倍になるだけだよ。ほら、私が山を当ててあげるから、一緒に頑張ろう。

……うう、だから学校は嫌なんだ

……泣かなくてもいいでしょ。

こんな風に年上なのに子供らしい姉をなだめながら、二人でなんとか漫画を描いてきたのだった。


苦労もあったけれど、充実した1年間だった。


実話をもとにした物語『私と姉 私達』も先月ようやくクライマックスを迎えた。


川からあがり、自身の問題と向き合った後に、姉は妹を背負って家までの道のりを歩く。


そして、妹が目を覚まし、軽口をたたく二人。


そうして無かったはずの未来を二人でつかみ取る。


描きながら二人ともぼたぼたと涙を流していたのは読者には秘密だ。


今描いてるのはいよいよ物語の最終回。


一人では掴めなかった青春を二人で掴んでこれから先の未来を期待するところで物語は終わりを告げる。


最終回のタイトルはもちろん決まっている。

……よっし! 最後まで描き終わった! お疲れ、ココロ!

終わったね!未来姉さん!

って今、愛するって言わなかった……

ふ、ふん、もう私達の間にそんなこと言う必要はないだろ。もちろんココロのことは愛してるがな

そっか、もう私達、だもんね。
じゃあ、私もミライって呼ぶね。
姉妹だし、学年だって変わらないし。

……学年のことは言うなよ

…………

…………ふふ

…………はは

あっはっはっは!!

あはははは!!

これからもよろしくな。ココロ!

これからもよろしくね。ミライ!

担当の努力もあり、幸運なことに私達には次の連載の話も決まっている。


学校の卒業の方もなんとかなりそうだ。


私と姉の青春の日々はまさにこれから始まるのだ。



こうして私と姉は。


無冠神(アンクラウドゴッド)と死妹(デスター)は。


ようやく名実ともに、私達に――


ペンネームにもした『ムカン新シスターズ』になったのだった。

――余談ではあるが、単行本に収録された最終回には担当の煽り文をそのまま採用することにした。


それが私たちの物語の最後にふさわしいと思ったからだ。

『私と姉 私達』 作:ムカン新シスターズ

 おわり

 ムカン新シスターズ先生の次回作をお楽しみに!

おしまい。

私と姉 ~私たち~

facebook twitter
pagetop