――ハッピーエンドはいつだって、物語に関わった者がそのすべての能力を以て紡ぎだす、最適解だ。

私たちのハッピーエンドもそう。

私と姉が二人とも生きている未来は、多分この答え以外には無かった。

……まったく、我が妹ながら抜け目がない。
まさかSNS上にまで助けを求めているとは思わなかった。

ゆさゆさと身体が揺れる感覚。
こんな感覚、物心がついてから味わうことはなかったけれど、私にはすぐに分かった。

私は、背負われている。
それも、私よりも遥かに小さい背中に無理やりもたれかかるように。

一体どこにこんな力があったんだろう。
少なくても私の知っている姉には、こんなことはできないはずだった。


――いつだってそうだ。
知っていると思っていたことは全部、知っているつもりになっていただけで、私が知らなかった何かがそのすべてを塗り替えていく。


まあ、今は難しいことはどうだっていい。
姉の中には私の知らない姉が居た。
それだけのことだ。

そして、それが私たちのすべてだったのだ。
私がヒーローになれなかったのも、私が姉の知らなかった死妹として活躍できていたのもそう。


私たちはいつだって、予想をはるかに上回る現実の中を生きている。

……ははは、ネコスギもオオイヌも心配しすぎだろ。
私なんかのために……。

……バカだなあ……みんな。
バカ、だなあ……

液晶が姉の泣き顔を照らしている。
その液晶の中で、姉の絵に惚れた者たちが懸命に姉に語り掛けていた。


――おい! 勝手に死ぬんじゃねえ! ふざけんな!
――お前が死んだら誰が俺たちの絵を描くんだよ!
――お前じゃなきゃダメなんだよ!
――お前が必要なんだよ!
――だから、勝手に、死ぬんじゃねえ!!


そんなような内容が次々と液晶の上を滑っていく。
その勢いはとどまるところを知らない。
川のように流れ続けていく。少なくても私は今まで、ここまで早いSNSの流れを見たことはなかった。

……返事、しなくていいの? 未来姉さん

起きたのか……愛するココロ。
……すまんが、歩けるなら歩いてくれ。
もう、限界だ。

足元を見る。私の靴先が引きずられてボロボロになっていた。
やっぱり姉が私を背負って運ぶのは少なからず無理があったようだ。


私は自分の身体の動きを軽く確かめてから、地面に足を落とした。
地に足をつけた瞬間、私は自分の身体のよろめきと同時に状態を悟る。


限界だった。
寒さとか痛みとかとっくに通り越して倦怠感しかない。
姉はよくこんな状態で――

……へへん、全然平気。未来姉さん、寄りかかりたかったら寄りかかっていいよ。

抜かせ。私だって限界ってのは嘘だ。寄りかかりたかったらもっと寄りかかっていいぞ。

……嘘つき。

……そっちこそ。

軽口の応酬が私と姉らしいなと思った。

昔の私と姉はいつだってこんな風に軽口をたたきあっていたっけ。

やっと戻ってこれたんだと思うと自然と笑ってしまうほど嬉しくなった。

――それで、返事は?

――ふん、これでいいんだろ。

『心配かけてすまなかった。
私はもう、大丈夫だ』

姉らしいシンプルな言葉だった。

それがよかったのだろう。
川のように流れていたコメントが瞬く間に祝福のそれへと変わっていく。

姉はとっくに世界に必要とされていたんだ。
心を切り離していたばかりに、その事実に気づくことができなかっただけで。

……これから、どうしようか?

まずはお風呂に入りたいかな

多分、死ぬほど霜焼けが痛いよ?

ふん、まあいいだろ。今までまったく痛みが無かったんだ。
それぐらい痛いぐらいがちょうどいいさ

そうだね。――まずはそのためにも

ああ、頑張って家に帰ろう。

どちらからともなく、私たちはお互いに肩を組んで支えあった。
そして、一歩ずつ前へと歩き出す。

……未来姉さん、私ね、未来姉さんの生き方に憧れてたんだよ。

私なんかの生き方に?

そう。
私にはみんなとの生活を捨ててまで、好きなことだけに取り組むなんてこと、思いついたってできなかったから。

だから、未来姉さんが自発的ではないにしても、好きなことだけに取り組んでいる姿を見て、憧れて、焦がれてた。

私もいつか、ああなりたいって。

……ああ、なるほど。
だからあの時お前は――

『私に何も言わなかったんだな?』


と姉は言った。

――あの時。

姉が「絵でも敵わないんだ」と弱音を吐いたとき、私は何も言わなかった。

贖罪の言葉も訂正の言葉も吐かなかった。

それは、なんて言えばいいかわからなかったからというのもあるが、きっとそれだけではなかったんだ。



私自身も気づいていなかったけれど、私はあの時、姉に失望していたんだ。

『この姉は何を勝手なことを言っているんだ』

『私が死んでも掴めないはずの環境に居るくせに、なんで弱音を吐いているんだ』

『私がなりたいあなたが、そんなセリフを吐いていいはずがないだろう?』

そんな風にドロドロとした気持ちが胸の中で渦巻いていたから、私はあの時姉に言葉を返せなかったに違いない。

つっかえていた胸のもやもやがが少し軽くなったような気がした。

心配しなくても、私も同じだ。
いつだって同じように勝手に羨んで、勝手に失望して、勝手に遠ざかろうとしていただけなんだ。

ずっと、お前のように生きたいと思っていたよ。
――愛するココロ。

なんだか似た者同士だね、私たち。

そりゃそうだ。なんと言っても姉妹だからな
それも、お互いにお互いの名前を見失っていた似た者姉妹だったからな。

『夢環未来はただただ未来を無くしていたし、
夢環心はただただ無関心だった』

姉の言葉になるほどと私は頷いた。
自分探しの旅から帰ってきた気持ちになった。

私と姉はお互いを探していたのに、本当に見失っていたのは自分自身だった。
そして、今回、私と姉はそれを見つけることができたのだ。

それはとてもラッキーなことだったんだろうと思う。

私と姉はようやく本当の自分自身と出会うことができたのだ。

……ふふ

……はは

『あっはっはっはっは』
と私と姉は声を上げて笑った。

命を投げ出す真似をしてまで得たのが自分自身って、どこの童話の青い鳥だよ、と私と姉はおなかがよじれるほど笑った。


そして、ようやく家の玄関が視界に見えてきたところで、
私は姉に本題を切り出したのだった。

未来姉さん、一つ、私からお願い事があるんだけど……

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