あそこまで敵意がないと、さすがの俺でも、ためらったのかもしれん。
……いや、事実、そうだったのだろう

 指先で髪をかきながら、戸惑うようにそう語る男。
 自分のことのはずなのに、わからなくなったからこその、動きなのか。
 考え込むように、視線と指をさまよわせるその姿は、落ち着かない様子を感じさせた。

(……わからないということは、不安に、なるものだから)

 今も、その当時のことに、男は驚きを感じているのかもしれない。
 ――彼がそう信じていた、自分への認識を、あっさりと払った女性に対して。

『来ないんなら、引きずってでも連れて行くけど。どうする?』

 女性は立ち上がり、言葉を返せない男にそう言ったという。
 事実、女性の引き締まった身体なら、人間一人くらいならそうできただろうと、男は語る。

俺が、抵抗しなければだがな

 ゆっくりとそう言い添える男に。

抵抗、されたんですか

 恐る恐る、小さな声で問いかける彼女。
 答えは、同じように小さく、だが歯切れの良いもの。

いや。
俺が選んだのは、錆びついた身体をゆっくりと動かし、立ち上がることだった

 そうして男は、座り込んでいた大地から身体を起こし、二本の足で立ちあがったのだという。

そこでようやく、女の全身をちゃんと見たよ。……小さな、細い女だった

 引き締まった身体に間違いはなかったが、身長は想ったよりも低く、その全身の力はやはり女性的な弱さも感じさせたという。

だが、あの眼は、変わらずに俺を見ていた。上になる俺の目線をまっすぐに、受け止めてな

ほええ~♪
あの、ちゃんと眼を見て話してくださることって、とっても嬉しいことですよね♪

……わずらわしくも、あるわね

はい?

 私の漏らした呟きは、一人嬉しそうな彼女の耳には、届かなかったようだ。
 ……どちらでも、いいけれど。

確かに、気恥ずかしくはあったな

 代わりに、男の耳には届いてしまっていたようだ。
 その目線と言葉に、嫌な気の使い方を感じて、私の視線が鋭くなる。

立ち上がったあなたは、どうしたの

今までのように、女性のことも、その手にかけたのかしら

セリン……!?

 男を刺激するように、私は言葉を投げ捨てる。
 でも、言っている言葉が否定されることを、私はすでにわかっていた。

(男と女性の関係が、そうであるのならば……こうして男の周囲に光が満ちるなど、ありえないのだから)

 不安そうな彼女と、私の言葉を笑って受け流す男。

(……わからない)

 ――なぜ、そんな、ただ相手を見続けるだけの行為で。
 ――彼女も、男も、そんなに笑っていられるのか。

『歩けるかい? まぁ、手が欲しかったら、遠慮なく言いなよ』

自分から誘ったくせに、勝手な言い草だった

 文句を言うような言葉だったのに、男の言葉は、どこか楽しげに響いた。
 そして男は、ゆっくりと、重い足を進め始めたのだという。

そう語る女の背中を、俺の身体は、ゆっくりとついていった

 時折後ろを見ながら、女性はゆっくりと、男の前を進んでいったという。
 その行為に、私は、ある疑問を抱いた。

罠だとは、考えなかったの

わな、ですか?

 ぎゅっと手元の光をつかみながら、不安げに問いかけてくる彼女。
 その声と顔つきから、罠という言葉の意味は、知っているように感じた。
 私は、内心の苛立ちを抑えながら答える。

この闇の中にだって、あることよ。
不思議な物音、不安定な形、不穏な心を誘う声……そうしたものに惹かれ、近づけば、どうなるのか

 知らないわけではないでしょう、と、視線で彼女へと問い返す。

……

 無言になった彼女は、視線の意味をわかったのだと想う。
 もしかするとその性格から、そうしたものに惹かれた経験が、今までにもあるのかもしれない。

(意識してか、無意識にか……。それらは、でも、求めるものは一緒)

 この闇に潜む、ナニカの誘い。
 もし、光の形が残っているのだとしても、私とグリは向かいはしない。
 ――光を求めたはずが、闇にとらわれてしまうなんて、前へ進む行為ではないからだ。

(けれど。……そのナニカが、話を求めていれば)

 そんなことは、ありえない。
 ……私は、そう、考えてしまうけれど。
 おそらく、そうした不気味な存在に気づいてしまったら、見過ごすことはできないのだろう。
 彼女は、ためらいもなく、手元の光でその形を照らしていく。
 それが、危険なことだと、わかっていても。

(――期待し、裏切られる、あの感覚。彼女はまだ、それを知っても、光を灯しているのかもしれない)

 そしてその行動は、今も続いている。
 照らされ続ける男は、かすかな光をまといながら、私達を見つめ返す。

考えては、いた

考えて、おられたのですか?

当たり前だ。
俺のような存在に、興味を持つなど。
警戒しないわけには、いかなった

 身についた習性でもあったのだろうがな、と、男は付け加える。

……でも、止まらなかった

 私の言葉に、男はまた、柔らかな微笑みを見せて言う。
 先ほどからは考えられないその表情は、なのに、どこか自然なものだった。

だが……なぜかな。
それとは別に、自分でも、よくわからないが

 罠だと考えつつも、男は女性の背中を追い、足を動かしていたと語る。

その小さな背中に、俺は、なにを感じていたのだろうな。
痛みも、まだ残っていたというのに

 身体の痛みと気だるさは、戦場から遠く離れても、まだ男を責め続けていたという。

頭の鈍さもまったく晴れる様子はなく、進めば進むほどに、意識は薄らいでいった

 それでも男は、足を止めなかった。
 ぼんやりと、たまに気遣うような視線を向ける、女性の背中を追い続けた。

なぜ、ついていかなければならないのか。
風呂に、飯。
余計なお節介であり、女の身勝手だと、拒絶したかったのだが

 ……なぜかできなかったと、男は語る。

だから、なんじゃないでしょうか

だから、だと?

はい♪
あの、自然にそういうことができる方だからこそ、ケッツァーさんに声をかけられたんだと想います。
きっと、そうです!

……同じような顔で、よく笑う

はい?

いや。なんでもない

 苦笑する男は「確かに」と頷いて、話を再開する。

あの背中を傷つける気も起きなければ、その先に危険があるようにも、なぜか想えなかった。
……それは、自然にふるまうように見えた、あの女だからだろう

 何度も振り返り、男の様子を見ながら、女性は森の道を進んでいった。
 だが、男が見えなくなる距離まで進むことは、なかったと言う。
 むしろ、男の様子を見ながら歩幅を合わせ、見失わないように気を使っていたのだろう。
 ぼやけた視界の中でも、女性が道に慣れていることは見てとれた。
 だからこそ、男を意識していると、わかったという。

気遣われていた、のだな。
……この俺が

ずっと同じ眼で、見ていてくれたんですね

 嬉しそうな彼女の様子に、私は、想わず口を開く。

……その道の先には、なにがあったの

 男が反応する前に、話の続きをうながす。

女が足を止めたのは、家だった

女性の方の、ですか?

ああ。指さしながら、女は言った

『粗末なもんだけど、男一人分くらいは空いてるからさ』

 そう言いながら扉を開けて、女性は、男をその家へと招き入れたという。

 質素で飾り気のない部屋は、女性の剣呑な部分とは遠い印象であり、男は逆に戸惑ったらしい。
 そうして視線を巡らす男の肩をつかみ、手近な椅子に座らされた。

(……家というのも、たくさん、物や道具に囲まれているのね)

 そんな感想を抱きながら、男の話を聞く。

椅子は硬かったが、同様に、俺の足も硬くなっていた。
……監視のない椅子というのが、あんなにも力の抜けるものだと、初めて知った時だ

 身体をゆるめる男を確認した女性は、二度三度うなずいた後。

『よしっ、そのまま待ってな。すぐに支度するから』

 止める間もなく、女性は部屋から急いで出て行ったという。

こんな、汚れと異臭を放つ、見も知らぬ男を置いてな。
……おかしいだろう?

 苦笑する顔は、どこか楽しげに見える。
 それから男は、ただ黙って、女性の帰りを待っていた。
 椅子に座っていると、少し遠くから、動物の鳴き声が聞こえたという。
 なにかを飼って、生業にしているのかもしれない。

だが、人の気配はしなかった

 少なくとも、危険は感じられない場所だと、その時の男は想ったのだという。
 ただ、その話を聞きながら私は、違う感想を持っていた。

(穏やかで、遠くから聞こえる声がある。そんな場所で、落ち着けるだなんて)

 ……私には、理解できなかった。
 私の見てきたこの闇が、むしろ、男が語る場所そのものに感じられたからだ。

 ――静かで、なにも変わりがなく、果てのない闇の中にはナニカが潜んでいる。
 ――男が語った、数限りない形の騒がしさこそ、この世界では珍しいものなのに。

(だから、落ち着くのだろうか。騒がしさが、当たり前であれば)

 騒がしさの中だからこそ、静かな場所を求める。
 ……それでは、落ち着ける場所なんて、本当に見つけることができたのだろうか。

それから、ずっと待たれていたんですか?

あぁ。
しばらく、そうしてぼんやりしていた。
……そう、ぼんやり、していたのだ

 女性に見つかる前の、このまま消えてもよいと想っていたのとは、また違う心地。
 静かに身体を休め、何にも怯えることなく、意識をゆるめる。

……初めての感覚だった。
だから、その音が聞こえた時、らしくもなく驚いてしまったよ

驚いた?
なににですか

『待たせたね!』

 そう言いながら扉を開けて、女性は戻ってきたという。
 額に汗を流しながら、男はついてくるように言われ、その通りに身体を動かした。

そこから女の家で、最初にされたのは……風呂に入れられたことだった

 強引に引っ張る女性に招かれ、熱いお湯に男の身体は入れられた。

おふろ……。
リン、全然わからないんですけれど、どんな感じだったんですか?

……染みはしたが、妙な心地だったよ

染みる?

傷がな。
風呂の水が、傷を押すようになり、痛むのだ

あわあわ……!?
その、大丈夫、だったのですか

 傷が痛む、という言葉に反応した彼女に、男は答える。

確かに、痛みはした。
だが、それよりも……風呂と女の手に、俺の身体は、ゆっくりとほぐれた

 女性は自らの手で布を持ち、優しく、男の身体を洗い流したと語った。

心地よかった、と言えるな

……はい。
本当に、すてきな方と、すてきなお風呂なのですね

あらいながす……
きれいにする、ということかしら

そうだ。
生きていれば、様々な汚れもつく。
俺の場合は、特に、な

 そうして洗われながら、男は自らの身体を、女性に見せていったという。

 泥や血漿の下から現れた戦場の傷は、深く、すぐに回復するような代物ではなかった。

じゃあ、おケガも、治さないといけなかったんですね

 彼女の言葉に、男は首をふる。

手当などいらん、と、そう言った

ででで、でも、ケガをしたら大変だって聞きますよ!?

 彼女の慌てる様子――今は、もう怪我をしていないというのに――に、男は苦笑しながら、腕先の傷を指し示す。

女にも言ったのだ。
どうせ、勝手に直ると。
なぜなら俺は……神であり、悪魔であり、そして戦のための道具にすぎないのだから

(――そう。傷が生まれるのは、男にとって、当たり前のこと)

 私達が、この闇の世界を進むのと、同じ理由。
 逆らえない、当たり前の、理由にすぎない。

 だが……女性はその言葉を聞くと同時、男の身体から手を離したという。

そうしたら――女は、どうしたと想う?

 問いかけるような男の言葉。
 私も彼女も、想像が追いつかないのか、言葉がうまく形にならない。
 少し待って、男は口を開く。
 予想できないことをしてくれたと、男は語った。
 開いた掌で、自分の頭を、軽く叩きながら。

俺の頭を、はたきおったよ

……はっ?

は、はたく、ですか?

そうだ。
今でも覚えているほど、キレのいい手さばきで……俺の頭をその掌で、打ってきたのだ

 頭をかきながら、女性に身体を打たれた事実を、男は語っている。
 なのにその声は、なぜか楽しそうで、笑い声も混じっているように聞こえた。
 ――はたく。

『はたくってなぁ、あれだ。いつもセリンが俺にする、ガツンと一発お黙りなさいってヤツでなぁ』

……意味はわかるけど、それは違うと想うわ

 そうかぁ? と、なぜか不満げなグリ。

(……それほど、強くしていたつもりはなかったけれど、気をつけた方がいいかしら)

 グリの言葉が気になりながら、しかし、はたくという行動の意味を考える。

(はたくだなんて、より、痛みを与える行為だと想えるけれど)

 男の言葉のなにが変化になったのかは、わからないけれど。
 女性はやはり、男を罠にかけようとしていた、追手なのだろうか。

(……でも、おそらく、違うのね)

 私は、自分の考えをすぐに否定した。
 もし、女性が男の追手なのであれば……今、こうして私達に、語る理由がない。
 男の瞳に映る姿が、王やその周囲の者と同じであれば、区別されるはずがないからだ。

(そう。そんな顔、さっきまで……全然、していなかったのに)

 おかしさをこらえるように、口元に笑みを浮かべる男の姿は、らしくない。わからない。
 ――神か悪魔かと恐れられ、私とグリが警戒した、異質な光の浮かべる姿とは想えない。

はたかれて、ケッツァーさんが笑うって……おかしくなっちゃった、ってことですか?

(……その言い方も、どうかと想うけれど)

 彼女のおかしな言い方にも、男は動じず、笑いながら答える。

そうだな。
今なら、可笑しく想えるのだろうな。
……女は、はたいたその手で俺の顔をつかんで、目線をまっすぐに向けさせた

 想像して、その女性の大胆さに驚いてしまう。
 いくら男が油断していたとはいえ、それでも、眼の前の存在がそれを許すとは、とても想像できなかったからだ。

目線を、まっすぐにですか?

ああ。
俺の視線は、女の、ひきしめられた二つの瞳を覗いていた。
向かいあうようにな。
そして……女は、同じ目線を重ねながら、俺に叫んできたよ

『拾った命、どうして自分で見限っているんだい!?』

 周辺に響くような声は、今までの女性の声とは明らかに違っていたと、男は語る。
 それは、恐怖とも怒りとも、今まで男を攻めてきた声とも、どこか違うものだったと。

あの時の俺は、そうわかりもせず、ただ聞くことしかできなかったが

 男は女性の瞳を見つめながら、なにを言われてるのか、今一つわからなかったという。
 そんな男の前で、女性は風呂場周辺の道具を指さしながら、しっかり見るように言った。

『それにね、道具をバカにするんじゃないよ! 手入れしない道具なんてすぐぶっ壊れるし、ましてや壊れたがる道具なんて、勘弁願いたいよ!』

……手入れしない道具は、壊れる……

 女性の語った言葉を、私は、知らずに一人呟いていた。

『いいねぇ。何事も、優しさはありがてぇなぁ』

 しみじみと語るグリの声が、ぼんやりと響く。

『……道具だって、神様だって、なんだっていいさ。ただ、自分を大切にしなきゃ、誰だって寄って来やしないよ』

 そうして女性は、また、男の身体を洗い始めたという。
 ゆっくりと、一つ一つの傷を丁寧に避け、それでも汚れを落とすように、優しく。

女はその後も、逃げることもせず、俺の側にいた。
全ての汚れと匂いが、落されるまで

 長く積もった埃や汚れの落ちぶりはすさまじいもので、気にしたことがない男でも、眼をしかめるものだったという。
 なのに、それらは全て、女性の手によって洗い落とされた。
 ……実はそれほどに、男の身体は、疲弊していた。
 風呂に入りながら、男は、自分の身体にも限界があると知ったという。

あの森に、打ち捨てられたままであれば。
……消えるという望みを叶えることは、できたのかもしれんな

後悔、しているの

 私の問いかけに、男は答えなかった。
 代わりに、全て汚れを洗い落とす女性に覚えた、言葉にならない感情を口にした。

おそらく、俺は、初めて……想ったのだ。
他人の手を、休ませたいと

 そこまで、ただ男のために、身体を優しく包んでくれた存在はいなかった。
 だから男は、心地よさと不安の間で、揺れ動いた。
 女性の手を止め、もういいと、そう告げるべきか悩んだという。
 だが……女性の瞳は、それを、させなかった。

それに、心地よかったのも、ある。……あんなに、優しく人の手で洗われたことなど、なかったからな

 女性が準備してくれたお風呂は、かつて城の中で入れられた水風呂より、何倍も心地が良かった。
 男がそう言うからには、女性の用意した風呂は、過去のどれよりも気持ちが良いものだったのだろう。
 ……私には、そもそも、そのどれの区別もつかないのだけれど。

そうして風呂の時間は、あっという間に過ぎていった。

そして最初の部屋へ戻り、俺の眼の前には、パンと水が出されたのだ

パンと水……。あっ、メシさんのご登場ですね♪

 ……そうだ。パンやごはん、かれーに、にく。食事と言うものには、たくさんの言葉がつけられている。
 パンと水も、その内の一つだった。
 楽しげな彼女の言葉に、男は顎の下へ手を当てながら、想い深げに話す。

心地よく、旨かった。
そう、今想い返せば、そうだったのだろうな

 それは、メシと呼ばれるものの味を、想い出しているのだろうか。

驚くほど、平穏で、暖かな時間だった。……ふと、女がこちらを覗きこんでいるのに、しばらく気づかぬほどに

 見つめる女性は、楽しそうに微笑んでいたと、男は語る。

――そうまでして、彼女はあなたに、なにを求めていたのかしら

 私の問いかけは、今までの男の話からなら、おかしなものではないはずだった。

 ――男の見た目通りの、戦の力か。
 ――もしくは、これから本格的な罠をかけられるのか。
 ――それとも、二人で新たな形を得るための半身としてか。

 男は、懐かしむような眼で、淡々と答えてくる。

なにも、求められなかった

なにも……?

女が俺に問いかけた言葉は、むしろ、こちらがなにを求めているかだった

『で、あんた……行くところ、あるのかい?』

 女性の問いかけに、男はきっぱり、

ない

と告げたという。
 その答えから返ってきた女性の言葉は、男にとって、考えもつかないことだった。
 ――もちろん、私にとっても。

『ないなら、ここにいるかい? 楽しいことは、まぁ、あんまりないけどさ』

……なぜ

 私は、わからないことが続きすぎ、いらだつような言葉をぶつけてしまう。

どうして、その女性は、あなたのことを……っ

 女性は、理由を告げずに、ただ男と一緒に過ごそうとしている。
 ……その理由が、私には、まったくわからなかった。

俺にも、その時はわからなかった。
求められず、恐れられず、ただ一緒にいるだけでいいと言われる……その理由が

 そこまで言ってから、男はふっと、小さく否定の声を漏らした。

いや……ただ一つだけ、求められたか

それは、何?

 知らず、身体を前に出すように、私は言葉の続きを求める。
 この意味のない会話の中で、私の関心を引く、ただ一つのこと。

あなたは、女性に、何を求められたの?

 この闇と、同じでもおかしくない。
 そう想える男に、彼女が求めたこと。

『自分の食う分は、自分でとるんだよ。あと……ちゃんと考えられるんなら、おかしなモンのふるまいじゃなく、自分らしく生きてみな』

自分らしくなど……聞き間違いかと、想ったのだがな

 ――その答えが、そんなにも暖かく、光があるものだなんて。
 男の周囲に、気のせいではないほどのかすかな光が、強く灯っているのが見て取れた。
 それは……女性の言葉が、男にもたらしたもの。
 内からわき出るのは、この闇と対峙する、光の輝き。
 ……異質な男の光とは、違うものだと、想っていたもの。

(よく、知っている。私は、この暖かさを)

 ――それが、隠されているだなんて、私には、わからなかった。
 けれどそれを信じた、彼女がいた。

自分らしく……
まさしく、ケッツァーさんらしく、ですね!

 その名前は、ただ区別されるために、付けられたものなのだろう。
 神か悪魔の、恐れられる存在。王と人間が、男を区別するためにつけた、恐れの証。

(なのに。彼女と、男を救った女性は、男だけが持つものだと信じている)

 胸の奥に、忘れていた感触が、よみがえる。
 ――私だって、知らないわけじゃない。
 でも、その光の、この闇での行き着く先は……。

『セリン……』

……っ

 呼びかけるグリの声に、今は、答えない。
 耳を傾けて、また、その時を待つだけ。

 ――そうだ、変わらない。

 私とグリの、進む道は。
 目的は。
 変わらない、のだから。

 ――この光が、どれだけあろうと、すべきことは……。

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