Wild Worldシリーズ

レダ暦32年
冷たい夜
~The Cold Night~

3

 

 

 

静かな空間。

何も、何も聞こえない。



 ここがどこだか分からなくなりそうな錯覚にさえ陥った。





 目の前で今、一体何が起こっている?






認めたくなかった。

夢であってほしかった。

コール

ユニ、ね

 しかし、このやや高く楽しそうで冷ややかな声が嫌でも現実を思い知らしめる。



 コールの目は細められた。


 彼は、今のこの状況をどう思っているのだろう。






 ユニはこの涼しげな顔を睨み付ける。

ユニ

あなた……何をするつもりなの?

 のど元にナイフを突きつけられた状態で必死に声を出した。

声を出さなければ、この静寂に耐えられなかった。


 コールは大げさに肩をすくめてみせた。

コール

面白いことを聞くね
見て分からないかい?

ユニ

……

ユニ

王の暗殺

 チラリと王を窺い見ると、逃げろと目で必死に訴えていた。



 ユニの力ならば、ひとりなら逃げられるはずだから。



 しかし、ユニは逃げるつもりなどさらさらなかった。

ユニ

王を守る

ユニにあるのはそれだけだった。


 そうでなければ、存在してきた意味がない。

ユニはそう本気で思っていた。



 ユニは王にだけわかるように静かに微笑んだ。

その表情に、レダ王は目を見開く。








 彼女は何をしようとしているのか……

 何をするつもりなのか……






 レダ王の頭が回るより早く、ユニは行動した。

ユニ

ふっ!

 腹の底から気合を入れると、ユニを拘束していた後ろの男を攻撃。

 油断していた男はフラリとよろめいた。

 その隙に自由を手に入れると、ユニはコールを無視して王の元へすばやく向かった。

 狙いは、王を拘束している2人の黒装束のうちの1人。


 2人を同時に攻撃するのは難しいから、1人ずつ確実に倒す。

ユニ!!

 しかし、王に辿り着く前に、今倒したばかりの男に再び捕らえられ、床に押さえつけられてしまった。


 頭を強く打ったせいか、額からじわりと血がにじみ出る。

ユニ

く……

 逃れようと全力でもがくが、視界がぶれて上手く力が入らない。

 そもそも、純粋な腕力では敵うはずはなかった。



 ユニの最大の武器はスピード。

 それが負けたのならば、太刀打ちはもう出来ない。





 しかし、それでもユニの瞳には強い力がみなぎり、最後まで立ち向かおうとしていた。

コール

ムダだよ

 冷たく響き渡る声。

 コールは、コツコツと靴音を響かせユニの前へ来ると、わざわざ膝をつきユニの苦しそうな顔を覗き込んだ。

コール

私たちだって、半端な覚悟でここへ来たわけじゃない

 コールは口元だけで笑った。

 目元は全く笑っていなかった。

 コールはユニを嘲笑っていた。

コール

 愚かな女……

 ユニは一瞬だけ、コールに怯えた。

 だけど振り切るように声を出す。

ユニ

どうして……

 出した声は掠れてか細かった。

 静寂に包まれた音のよく通る部屋は、その気弱さまで聞き逃すことはなかった。

 だけど、誰もそれについては触れない。

コール

どうして? そんなことを聞くのかい?
そんなのは簡単さ

コールは立ち上がると、レダ王を睨み付けた。

コール

私たちはレダ王から見捨てられたんだ
大衆のために、弱いものが切り捨てられた
許せないんだよ。今でも、ね

 かつてコールが受けたもの。

 その強い悲しみは彼自身にしか分からない。

 黒装束たちも何かしらの悲しみを持っていた。




 悲しみのやり場が、レダ王に向かった。

 最悪の形で。

 すべてのものに幸せを。平和を。喜びを。

 そんな政策を掲げていたレダ王だったが、その為に起こしたことの無理もまた、少数の者たちを苦しめることになっていた。


 
 自覚はあった。

 しかし、たくさんのやるべきことの中に埋もれ、対処できなかったことも事実だ。




 コールの強い憎しみの視線を受けながら、レダ王は真っ直ぐにコールを見据えた。

ユニは関係ないはずだ
彼女だけは助けてやってくれ

 こんな状況で、祈るのは居合わせてしまったユニのことだけ。

 レダ王は慈悲深く、強い人だった。




 奇跡でも起こらない限り、自分はもう助からないだろう。

 コールの悲しみから逃げるつもりはない。


 これが、自分が成してきた結果だというのなら、甘んじて受け入れる。

でも、まだ若いユニだけは……

未来を望めるユニだけは……

コール

だって。どうする?

 顔はレダ王に向けたまま、軽い調子でユニに聞いた。


ユニは、コールなど完全に無視し、じっと王の目を見つめていた。









   

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