Wild Worldシリーズ

レダ暦32年
冷たい夜
~The Cold Night~

4

 

 

 

よく笑うようになったな

 ある日、廊下を歩いていたレダ王がすれ違うユニを見つけ、にっこりと笑いかけた。


 ユニはどう反応していいか分からず、だけどレダ王を無視するわけにもいかず、立ち止まった。

いい傾向だな
リウトのおかげか

リウトの名前に、少し赤くなった。

ユニ

そんなんじゃないです

ほほう。そんなんじゃないのか

 レダ王が、意地悪な目つきになった。

最近、余裕があるのかこうやって人をからかってくる。





 だから、これ以上余計なことを言われないよう、ユニは早々に踵を返した。

ユニ

私は用事があるので失礼します

あまり無理はしないようにな

 遠ざかるユニの背中を見送りながら、レダ王は感慨深く呟いた。

私もあと40歳若かったらなぁ


















   

ユニ

私は……あなたなんかに屈しないわ

 ユニは、コールの目を見てはっきりと言い切った。


 揺るぎはなかった。


 逃げるつもりなどなかった。

ユニ……

 レダ王は、複雑な表情になる。




 何とかユニだけは守りたい。

だが逆に、ユニは自分を守ろうとしてくれている。




 かける言葉が見つからない。

コール

へぇ……

 そんなふたりに、コールは面白そうに目を細めた。


 黒装束たちはピクリとも動かない。

コールの指示を待っている。







 空気は冷たかった。

人の体温を感じない。

寒かった。

空気だけで人を殺せそうだった。

ユニ

私は、レダ王についていくの。一生

 静かに放つ、強い意志を持つ言葉。






 ふと、脳裏にリウトの笑顔が浮かぶ。

 様々な場所に連れて行ってくれた。

手を繋いで歩いた。

感動とぬくもりを与えてくれた。

これから先もずっとずっとこれが続いていくと疑っていなかった。

ユニ

ここで私が終われば、彼はどうするだろう

 想いを断ち切るように目を伏せると、ユニは言い切った。

ユニ

レダ王のいない世界に未来はないわ

 その言葉に、コールはピクリと反応する。


 ユニの瞳に宿る強い光。

 真っ直ぐな瞳を、コールは正面から冷たい瞳で見つめ返した。

コール

……すると、あなたは弱いものは切り捨てられて当然、と言うのかな?

ユニ

レダ王に間違いはないわ
人を恨んでいる暇があるのなら、もっと誰かのためになるようなことをすればいいのに

ユニ

あなたのような人こそ滅びるべきよ!

コール

……

 コールの表情からは余裕が消え、とたんに無表情になった。


 余裕を失うことは冷静さを欠くと同じ。

 コールは無感動で床に押さえつけられているユニの頭に足を乗せた。

 体重をかければ、ユニの表情は苦痛に歪む。

コール

あなた、うるさい

ユニ

そういうことしか出来ないくせに
他人の気持ちを汲み取らず自分のことしか考えてないくせに……

ユニ

そんな人が王になるなんて、私は認めない!

 なおも強い口調で、真っ直ぐに、変わらない想いを吐き出せば、レダ王が涙した。

コール

うるさいっ!

 感情に任せコールはユニの頭を思いっきり蹴った。

 変な音がした。

 ユニは小さく悲鳴を上げる。

 衝撃で頭がぐらついた。






しかし、今のユニには怖いものなんて何もなかった。

 だから、真っ向からコールに立ち向かう。





 かつて、自分が両親を失った時、途方に暮れていた時、ラムダという総隊長に拾われた。

 彼は、盲目的にレダに仕えていた。

 ラムダがユニを拾ったのは、ほんの気まぐれだった。

 しかし偶然にもユニには隠密の才能があった。

 ラムダ越しにレダ王を眺めている日々だったが、いつの間にかレダ王のために働くようになっていた。

 ラムダにも認められ、レダ王にも側に置いてもらえ、そんな自分が好きだった。

 生まれ変われた気がした。

 絶望の中にいた自分を救ってくれたのは、彼らだった。








 だから、自分が終わるのはこの国のためなんだ。

 レダとラムダが作り上げたこの国のため。

 この国が滅び、自分は生き残るなんて出来ない。

 レダにもラムダにも恩を感じている。

ユニ……

 彼女の覚悟を汲み取ったレダは、もう考えるのはやめた。


 最期まで自分を信じてくれる人がいたことに、ただ単純に感謝した。

コール

気に入らないね
私に媚びればいい思いをさせてあげようかとも思ったけど

 コールはユニを睨んだ。

 全身から怒りと憎しみのオーラがにじみ出ている。



 目つきだけで人を殺せそうだった。

 それくらい歪んだ形相だった。



 黒装束たちは一瞬ひるんだが、ユニとレダは動じなかった。

残念だったな
コールと言ったか
私は、この国が好きだ
この国がこの国である以上、私の魂と共に生き続ける

 レダは穏やかな表情だった。


 この国で成してきたこと、この国を作り上げてきたこと、それを後悔はしない。



 ユニのように最後まで自分を信じてくれる人がいるから。



 自分が後悔したら今まで信じてついてきてくれた人たちに申し訳がない。



 それは、誇らしいことだった。

コール

……負け惜しみかい?
どの道、あなたたちはもう死ぬんだよ
勝者は私たちさ
死んだら何もできやしない……

 コールの声は震えていた。

 
 王となり、国を作りかえるつもりだったが、今、その思いは変化した。


 レダを、レダ王を、彼の守ってきたものを、完全に排除する。



 子供じみた感情。

 そんな稚拙な感情が、国を作り変えた。








 コールが黒装束たちに目配せをすると、彼らは動き出す。
 
 終わりへ向けて。









   

ユニ

 リウト……

 ユニは彼の笑顔を思い浮かべ、懺悔した。

ユニ

 約束、守れなくて、ごめんね……

 けれど、ここで生き残ったりなんかしたら、絶対後悔してしまうと思うから



 あなたは、生きて

 どうか、生きて




 私のことは、忘れてしまって構わないから



  どうか、どうか、生き抜いて……
















    

リウト

 約束しよ

 白い記憶の中で、リウトは小指を差し出した。

リウト

 これから、2人でいっぱい幸せを見つけようね

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