年が明けた、新年初仕事の帰り道。

空子と現場が一緒だったので、ついでに神社へ初詣にやってきた。

お参りを済ませ、おみくじを引くと、途端に声を弾ませたのは空子だった。

空子

わぁ! すごいです! プロデューサー

空子

大吉が出ました! 私、大吉なんて初めてですっ!

プロデューサー

本当? よかったね空子!

空子

はいっ!

空子

私、今まで凶も出たことないですけど、小吉とか吉とかばっかりだったので、びっくりです!

プロデューサー

はは、小吉とか吉ばっかりって、なんだか空子っぽいね

空子

空子っぽいってどういう意味でしょうか?

プロデューサー

ご、ごめんごめん、変な意味じゃないんだ

プロデューサー

なんかほっとするって思っただけだよ

空子

ふふ、どうしたんですか? プロデューサー、なんだか面白いです

僕を細目で見つつも、空子は大吉のおみくじを大事そうに胸に抱く。

感動で瞳がうるうるしていて、よっぽどうれしいんだろうな。

しんねんアイドルとしても幸先のいい話だ。

・・・・・・だというのに。

空子

じゃあお守りとして財布にでも入れてーー

空子

これ誰にあげましょう!?

プロデューサー

え?

空子

ん?


おかしなことを言い出した。

プロデューサー

いや、誰にあげましょうってそれ、持って帰らないの?

空子

えへへ、私、大吉なんて滅多にでないので、誰かにこの幸せをあげたいんです!

空子

やっぱり唯ちゃんか千乃ちゃんのどちらかでしょうか?

空子

プロデューサーも喜んでくれるなら、プレゼントしたいですっ!

プロデューサー

いやいや、ちょっと待って

プロデューサー

せっかくの大吉なんだから、それは自分でとっておいたら?

空子

え、でも・・・・・・

プロデューサー

それに、そのおみくじは、空子の吉凶を占ったものなんじゃない?

空子

あっ・・・・・・確かにです

プロデューサー

だから、空子が持っておいた方がいいんじゃないかな

空子

そうですね・・・・・・わかりました

納得してくれたものの、少し残念そうな顔の空子。

にしても、大吉が出たから誰かにあげたいだなんて初めて聞いた。

空子はいわば誰かの幸せフェチだ。

ほかの誰かの幸せが空子自身の幸せになる。

少し変わってるけど、アイドルとしてはこれ以上ない才能かもしれない。

プロデューサー

それより、お参りのとき、空子は神様に何をお願いしたの?


思えば、ずいぶん長く手を合わせてた。きっと大事なお願いだろう。

プロデューサー

神アイドルになれますように、とかかな?

いや、空子のことだ。きっとご両親とか、事務所のみんなとか、自分以外の誰かの幸せを願ってたんだろうな。

もしくは世界平和とか? はは、まさかね。

でも空子ならあり得ると思ってしまう。

すると意外な答えが返ってきた。

空子

何もお願いしませんでした!

プロデューサー

え?

空子

今年も!

プロデューサー

今年も!? 毎年なの!?


これは予想外の展開だ。とにかくわけを聞かないと。

プロデューサー

でもずいぶん長く手を合わせてたよね。あれは何をお願いしてたの?

空子

神様の幸せを!

プロデューサー

神様かぁ・・・・・・

友達も世界も超えて、神様の幸せ願っちゃったかぁ・・・・・・。

空子

だって、神様たいへんですもん

プロデューサー

神様が?

空子

だって普段からみんなのお願いを聞いてるのに、新年なんかすごいですよ?

空子

この神社でも毎年1万人以上が初詣に訪れるそうです

空子

全員のお願いを聞いてたら、いえ、半分、ううん、序盤の100人くらいで頭くらくらしてくるはずです

プロデューサー

た、確かにそうだけど・・・・・・

空子

耳もあいたたた・・・・・・ってなりますよ?

想像したこともなかったけど、言われてみればその通りだ。

複雑な望みもあるだろう。身勝手で無茶な願いもあるだろう。

数だけでも膨大な人間の望みをいちいち聞いていたら、神様でもさすがに辟易するかもしれない。

空子

だから、私だけでもお願いはしないでおこうと思うんです

空子

神様頑張ってくださいって、無理はしないでくださいねって言いたくて

みんなが我も我もとお願いしがちな新年に、この子は一人、神様を労ろうとしている。

僕はなんだか感動に近いものを覚えてしまった。

プロデューサー

空子らしいね

空子

むー・・・・・・また言いました・・・・・・

プロデューサー

でも、お参りの作法としては正しいと言えるよね

空子

そうなんですか?

プロデューサー

みんな自分のお願いばかり先走るけど、それはあまりよくないんだ

プロデューサー

まずはいつも見守ってくれる神様に感謝をすることからはじめるのが作法だからね

空子

そうなんですか・・・・・・。プロデューサー物知りです!

プロデューサー

それを知らずに自然と実践してる空子がすごいんだよ

根っから人の幸せを願う空子ならではだ。

彼女と話していると、それだけで僕にも幸せが満ちてくる気がした。

プロデューサー

じゃあ僕はこれからお参りだから、空子の幸せを代わりに願ってくるよ

空子

ええっ! そんなダメですよ! プロデューサーはプロデューサーのお願いをしてきてください!

空子

私はもう幸せですから!

空子

プロデューサーにアイドルとしていろんな世界を見せてもらって本当に幸せなんですから!

ーー神だ・・・・・・

神が降臨なされたぞ・・・・・・

大声で話す僕たちの周りに輪ができて、いつの間にかざわついていた。

間違いない。空子の立てつづけの天使発言のせいだった。

それを聞きつけ、多くの人たちが集まってきたのだ。

空子

えっ? なんですかなんですかっ!?

空子

みんなどうしたんですかっ!?

かみさま? ことしもがんばってください・・・・・・


ついには小さな女の子が空子に手を合わせはじめた。

空子

えー! わ、私ですかっ!?

僕は思わず吹き出してしまう。

さらにほかにも空子に手を合わせる子どもが相次ぎ、しまいには大人までありがたがって参拝をはじめた。

空子

なんですかこれーーっ!?

神アイドル誕生の瞬間だった。

pagetop