ユフィ

戦闘のノウハウや
知識だけは与えるって事かしら?

 ユフィの推測に、コフィンはパッと明るい顔を見せた。

コフィン

その通りです。
理解が早くて助かります。
我々は戦闘には参加しませんが
皆さんに知識と言う名の
武器を与えます。
それが役目です

ジュピター

知識か。
訓練場の座学を
現場で行う感じだな。

 昨日まで居た訓練場の事を思い出すハル達。僅かに場の雰囲気が緩んだ時、ダナンが質問をぶつけた。

ダナン

んじゃーよ。
俺達がピンチの時も
黙って見てるって事か?

 直球の質問を投げ掛けるのはダナンらしいと言えるが、その答えには皆、興味深いものがあった。

 コフィンは長い黒髪をなびかせダナンに背を向けた。その先に見える外からの光が少し眩しい。

コフィン

迷宮での死亡率が
一番高いのは
いつだと思いますか?

アデル

確か初戦から
ここに戻ってくるまでの間、
つまり探索一日目
だったと思います。

コフィン

その通りです。
これは誰もが
訓練場で習う座学。
覚えている方も
多いと思います。

 ダナンとハルが頬を引きつらせているが、コフィンは話を進める。

コフィン

それではこの統計は
ご存知でしょうか?
新人冒険者が、
初日の探索で死亡する確率。

 訓練場で習っていないこの問いは、誰も分からず声を発さない。それを背を向けたままのコフィンが確認して、答えを出した。

コフィン

16.67%…………、
六分の一。
つまり六人のうちの一人が
死んでしまう統計なのです。

 詳しく数字を語るコフィンの説明は、ハルにでもその緊張感が伝わった。つまり、今日この中の誰が死んでもおかしくはない。迷宮とはそういう場所なのだ。

ダナン

おい、俺の質問の答えがまだだぜ。

コフィン

それを分かった上で
聞いて頂きたかったのですが、
……手を出さない。
それが質問への回答。
最初に申し上げた通りです。

 背を向けていた格好のコフィンは、ハル達に向き直り、一人一人に視線を送った。

コフィン

誰がどれだけ苦しんでいようが
死に直面し、それを迎え入れる
状況しかなかったとしても
助けません。
我々には助ける力はありますが
助けません。
それを御理解頂いた上で、
ご同行する事になります。

 コフィンの言葉は厳しく、全員の胸に突き刺さった。アデルは不安そうに眉を寄せ、ダナンも顔を強ばらせている。ロココは目をつぶり何かを想像している。恐怖に耐えようとする素振りは誰の目から見ても分かった。

ジュピター

オイラはそれでいいぞ。
どうせ二日後からは、
あんた達はいないんだ。
ここで死ぬようだったら
先も知れてるだろ。

 頭の後ろで手を組むジュピターだ。強がりでもなんでもなさそうな素直な言葉だった。

ジュピター

おいハル。
こんなとこで
死ぬ予定でもあるのか?

ハル

ジュピターの言う通りっす。
そんな予定ないっすよ。

ジュピター

旦那ぁ、
アデル達を守んのは
誰なんだ?

ダナン

お、俺様に
決まってんじゃねーか。

 ジュピターの言葉に声色を張るダナン。同時にアデルやロココの不安も少し和らいだようだ。

コフィン

それで結構。
あと一つ。
パーティリーダーには
誰がなるのですか?

 何も決めていない状態だったので、全員答えを詰まらせた。



 ロココとアデルの視線が合うと、何も言ってないのに、お互い手の平を前に振り拒否反応を見せている。ジュピターがダナンの顔を確認して表情を歪ませ、視線を振った先にハルを発見後、鼻で笑うのを隠そうともしなかった。

ダナン

なんだよ今の顔はよー。
俺は駄目だってのか?

ダナン

まぁ自分でも
そう思うけどな。
ギャハハハ。

ジュピター

オイラはユフィが
適任だと思うけどな。
アデルはどう思う。

ユフィ

私!?

アデル

私もユフィさんが
良いと思います。
状況に応じて
一番的確な判断を
される方かと。

ハル

自分も賛成っす。
なんか似合ってるっすよ。

ロココ

ぼ、僕もそう思います。

ダナン

ぃよっし!
決まりだな!
ユフィ、頼んだぜ。

ユフィ

ちょ、ちょっと
勝手に決めないでちょうだい!

コフィン

一般的にパーティリーダーに
求められるのは、
素早く正確な判断力です。
訓練場の適正チェックの
結果を確認させて頂きましたが
その点においても適任と
言えるでしょう。

ジュピター

そんなチェックしてたんだな。
確かユフィの情報分析は
トリプルAだっけか?

ロココ

すごい!
トリプルAはすごいですよ。

ユフィ

そ、そんなに大した
ことじゃないわよ。

コフィン

どうされますか?
望まれてリーダーになれるのは
素晴らしい事ですよ。

ユフィ

……分かったわよ。
私なんかで良かったら
引き受けるわ。
皆、よろしくお願いね。

 ユフィの決意に、全員が声を掛ける。ユフィを中心に、パーティの一体感が生まれ始めてきた。その流れに水を差したのは、アリスの言葉だった。

アリス

リーダーにはそのパーティの
命運が掛かっている。
これは決して
大袈裟な表現じゃないぞ。

ユフィ

分かってるつもりよ。

コフィン

一つの判断ミスが
全員を一気に
死地に追いやる事なんて
珍しくありません。
極論、僅かなミスも
許されないのです。

ユフィ

…………

アリス

例えばそのでかい
タコ坊主あたりが死ぬ。
一番体力がありそうなのに
意外にあっさりと死ぬ。
それに動揺し判断を
誤ったり遅れたりする。
次の死人が出る。
後はその連鎖反応。

ダナン

俺はあっさり
やられたりしねぇ!

アリス

そうか。
では善戦虚しく死んでもいい。

ダナン

っなっ…………

コフィン

今こうして話している
仲間が死んでも
冷静でいられるか。
それは非情でも何でもなく、
まだ生きている仲間の為に
必要なものなのです。

ユフィ

誰も死なせたりなんか
しないわ!
当然私自身も。

アリス

はっはっは、
分かってないな。
人間なんてもんは
どうしようもなく
死ぬ時は死ぬ。

 ユフィのセリフを笑い飛ばして死を語るアリスに、ハル達は言葉を失った。

コフィン

我々はルーキー達が
全滅するのを
何度も見届けています。

ハル

何度もって……

コフィン

そう何度もです。
その原因は様々ですが
リーダーの判断ミスは
多々見受けられます。
だから今、忠告をしています。
常に冷静で正確な判断をと。

アリス

それを物語る異名があったな。
ルーキー支援制度に
付添うベテランは別名……

死体回収人……


と、呼ばれている。

 ~航章~     61、異名

facebook twitter
pagetop