数奇

海似さん

海似 みちる

何かしら?

数奇

二つ、誤解があります

――誤解?

数奇

あなたの計算は、過小評価ではないでしょうか

僕は、あの人のことをもっと……信じています

あ、エレベーターから出る前に、ちょっといいかな

サナ

どうしたの、ヨル君

夜暮

うん、大したことじゃないんだけどさ。僕、可愛い女の子って好きなんだよね

ツキ

「気に入る」子かどうかは置いといてさ

本当に可愛い子って、ただ地が良いだけじゃない。丁寧に化粧したりスイーツ我慢したり、その努力がすごいと思う

しかも、一番すごいのは、その努力を人前には絶対見せないことだよね

君たちも、さっきたまたま出くわしただけなのに、格好も仕草も完璧だったよ

サナ

あ……ありがとう?

夜暮

けどさ?

職員室から出てきたばっかりで、しかもスマホしか持ってなかったのに、すぐ僕と外出できるのって準備し過ぎじゃない?

サナ

あ……

ツキ

サナ。いいから

どういう意味かな? ヨル君

降りたらこのまま外へ行こうとする僕に対して

「荷物を取りに教室に寄るね?」

……みたいな発言がなかったんだよね

「たまたま」僕と会ったはず。
しかも、少なくともサナちゃんは、さっき、もう下校しておかしくない時間だって気づいてないような発言をしてる。所持品はスマホだけ。
また学校に戻る気だった、なんて言わないよね?

……ごめんね、それが、どういうことになるの?
さっぱり分からないな

……

それに、一階に私たちの教室があるからわざわざ言わなかったのかもしれない……よね?

夜暮

あはは、やっぱりツキちゃんがブレインだよね。さっきからさりげなくサナちゃんに指示してたし

……

夜暮

真面目な話、さ。
五日町さんが警戒態勢に入ったことくらい、言われなくても分かるよ

だから、僕と面識のできてた子が、迷ってる時に都合よくあのタイミングで出くわす……なんて偶然、警戒せざるを得なかったんだよね

そもそもさ、君たち以外の生徒を見かけてないんだけど、今日って本当に登校日?

こんな大規模な工事してたら、休校なんじゃないかな

……

海似先生のことも詳しいみたいだよね?
もしかして、僕たち警察を騙すための囮か工作員なんじゃないかな?

海似みちる先生直属の

サナ

っち、違うの!
私たちは、勝手に……

ツキ

サナ、もういいよ

サナ

……

夜暮

じゃあひとまず。
僕の連れは無事?

ツキ

……分からない。
私達は、自分の仕事だけ分かってれば良いから

夜暮

ふーん。
ま、それなら、数奇さん用に少しだけ保険掛けておけばいいか

夜暮はエレベーターの扉を開ける。
一歩踏み出そうとして……

振り返らぬまま、声を上げた。

夜暮

ちょっと手伝ってもらうことになるけどさ、終わったらスタバタ、行くよね?

えっ?

夜暮

もちろん奢るよ?

で、でも

夜暮

いいから。得したと思ってさ

女子たちは困惑したように顔を見合わせる。
その気配を背後に感じながら、
夜暮は密かに息をついた。

……あっぶないなぁ。
危機一髪、って奴?

ツキちゃんみたいな、思い切りの良さそうな子って気をつけないといけないんだよね。
素直に話聞いてくれるフリして、いま後ろから刺されてもおかしくなかった

ま、そういう子の扱いには慣れてるけど

僕だって、ただの「五日町さんのオマケ」って訳じゃないからさ?

"事務からの連絡です。
海似みちる先生、来客です。
至急、一階事務室へお越しください"

?!

海似 みちる

これは、夜暮くんの声……?

数奇

夜暮さんはとても頭の良い方です。一人でも、そう易々と策に嵌まるような方ではありません

……僕は、夜暮さんが無事だと信じていました

……確かに、これは誤算だったわ

いくら特殊な仕掛けがあろうと、ここは学校。
ここにも校内放送が流れるのかどうか、不思議に思っていました

……やはり、事務室の放送機器には、緊急連絡を流せるよう、ここの遮断した通信を再接続できるシステムが備えられていたんですね

そしておそらくは、この密室を解除することもできるということです

やはり人間は、予想外のことをする。
面白いわ

"繰り返し連絡します。
海似みちる先生……"

"……に……越し……"

夜暮さんは単独行動していましたから、僕が今ここに居ることを知りません。この密室の仕掛けのこともご存知ないのでしょう

ですから、たとえその装置のすぐ近くにいたとしても、夜暮さんがこの密室を解除することはありません

ですが

……今僕は、五日町さんに一瞬だけ、電話を掛けました

また通信が途切れる前に、僕が無事であることと、先ほどの瞬間、通信が回復したことを伝えるために

五日町さんは気づくはずです、どこへ行けばこの密室を解除できるか。
そして必ず、ここへ来ます

数奇

……それまでの、少しの時間稼ぎくらいなら、僕にもできます

……そうね。
確かに、悠長にあなたを説得している暇はなくなったわ

……できれば手荒な手段は取りたくなかったのだけれど

っ!

――必要ない、とは言ったけれど

 暗闇に慣れた目は、
かすかな光も十分に感知できるよう
 光に対し鋭敏になる。
 これを暗順応という。


しかし
目がその状態に至るには
暗闇を見ていた目が光に慣れる「明順応」よりも
 はるかに長い時間を必要とする。

光の感知に必要な物質が
明るい環境下では少量、
暗い環境下では大量に必要と
 なるためである。
 
光に目が慣れるには
 蓄積した余分な物質を壊せばいい。
しかし暗闇に慣れるには
 不足した物質を作り出さなければならない。
 当然、余計に時間が掛かることになる。



その結果

急に照明が消えれば


強光に当てられたときよりも明確に






 視界は奪われる。

――言うことを聞いてもらうためのものを、用意していないとは言っていないわ

‡4 β-エンドルフィンに溺れて ―ⅹ

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