さて

海似 みちる

話を始めたいところだけど、その前に

電力の無駄使いは嫌いなのよ、私

――携帯の電源、切ってくれるわね?

数奇

私に言われなくても、気づいてたはずよね?

この空間は、全ての扉が遮断されている時には電波が通じない

アルミホイルで包んだ程度で電波は遮断できる。有名な話でしょう?

「あの」時点で五日町環もあなたも警戒はしてたはずよ

圏外か……

あ、待ってください、今つきました

電波の強さは?

そこそこ強いですけど、それが何か?

夜暮くんは、扉が閉まった瞬間にちょうど携帯を見たんでしょうね。だからあの瞬間、電波が途切れていたのを確認できた

……やはり、この階段内の様子は監視されていたんですね。それで、タイミングを見計らって各種の仕掛けを作動した

だから残念だけど、助けを求めるのは無理よ

……

……質問があります

何かしら?

五日町さんと夜暮さんは、無事ですか?

それはあなた次第ね。今は二人には、何もしていないはずだけれど

……分かりました

――あなたは、
“子供”
なんですね

……その響き、懐かしいわ

ええ、そうよ。
だからあなたを呼んだの

……

今度は私からもいいかしら?
この一年、ずっと気になって仕方がないことがあるのよ

……何でしょう

あなたは……

どうして、探偵ごっこなんかしてるのかしら?

……っ!

あなたは、ずっと五日町環の元で、捜査に協力しているのね。通常なら与えられない待遇まで受けて

きっと普通の人からしたら不思議でならないはずよ。
「あんなこと」があったのに、悲惨な事件に自ら首を突っ込んでいくんだもの

――でも、私にはあなたの気持ちが、手に取るように分かるわ

科学者らしく、ひとつの仮説を立ててきたのよ。それを聞かせてあげる

β―エンドルフィンって、知ってるわよね?

マラソンなどの運動を継続している際、約30分で放出される脳内物質です。ランナーズ・ハイを引き起こします

そう。快楽物質。私の研究対象の一つよ

β―エンドルフィン自体は、良い物と言われることが多いわ。
ストレスの苦しみを和らげるために放出される

一説では、死の苦しみを和らげるために必要だったと言われているわ

でもね、勘違いしないで

β―エンドルフィンの別名は、
「脳内モルヒネ」

麻薬と効果は同じ。
長期間ストレスに晒され続けると、大量に分泌されたそれは中毒性を示すことがあるわ

快楽に溺れた者は、快楽を求めることをやめられない

……やがて、脳内麻薬をもたらす強烈なストレスを自分から求めてしまうようになるのよ

人の悪意、生き死にに触れるショックは、貴方にトラウマを思い出させてくれるのね

……違います

ストレスと快楽。
輝夜樹の“コレ”だったときの、記憶を

……やめてください

これに、あなた自身の意思は関係ないわ。
望んで止められるなら、麻薬中毒なんてならないもの

違います…… 

あなたの心は、逃れられない

私なら、もっと手っ取り早くその欲求を叶えてあげられるわ

みちるは一歩踏み出す。

……モルヒネでも、打つ気ですか

数奇は一歩下がる。

そんな必要ないわ

輝夜樹のところに、連れて行ってあげる

……それが、あなたの目的ですか?

あなたの目的でもあるんじゃないかしら?

  っ……

……僕は、
そんなことを、望みません

……あら、即答?

結構自信があったのだけれど

……ふふ、良いわよ。
溺れながらも諦めない姿勢、さすが……といったところかしら

でもここからどうするつもりかしら?

五日町環は今回、頼れないわよ

彼女は今、手一杯のはずだもの

……

すみません、助けてください!
向こうでひったくりが!!

五日町

……なるほど、そうやって戦力を奪いに来るか

え?

五日町

この学園には警備員も常駐しているだろうに、何故この廊下で起きているわけでもない事件を、警察とは断定できない格好の来客に解決させようとする?

あの、それは……

五日町

まあ良い。
事件ならば、向かおう

この程度なら、「足りない」ほどだ

……問題は、この状況を数奇は知らない点か

ここまで穏便な状況だと知っていなければ……最悪の想定で動かざるを得ない

「助けは来ない」

「むしろ、自分が助けなければいけない」と……

数奇

……二つ

……誤解が、ある

‡4 β-エンドルフィンに溺れて ―ⅸ

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