Wild Worldシリーズ

レダ暦31年
砂の町のメール屋さん

12

  

  

  

ラルタークの内乱はまだ数年続く
レダ王はもうすぐ動く
ラルタークの脅威がなくなって、気が緩むんだ
レダ城は手薄になる

 抑揚のない、淡々とした声。

光の薄い部屋だが、紫の細い髪が慎重に光を捉え、丁寧に輝いている。

細く神秘的な瞳は何も映してはおらず、とんでもないことを言っておきながら、とくに興味はなさそうに片腕で頬杖をついて、残りの手でりんごをもてあそんでいた。

なるほどね
じゃあ、その間に少し細工でもしておこうかな

 その向かい、年齢不詳の女性に見惚れながら、狭い場所だろうと関係なくくつろぐ金髪の青年。

澄んだ目を細め、差し出された葉茶をすする。

 彼の頭の中は、レダ王を引きずり落とすことしかない。

誰か買収でもしようか
どういう奴がいいと思うかい?

大ポストを丸ごと下僕にしたんだろ?
まだ足りないのか?

まだだね
自分の勝利を確かなものにしたいのさ

 貴女のことを信用していないわけではないけど、未来はいつも不確かだからね

 彼の不敵な視線を受けて、どこも見ていなかった深い紺色の瞳が、相手の瞳をようやく覗き込む。

 そうすると、彼は満足したようにフッと笑った。



 この異紡ぎの森は、いつも空気が湿っている。

 何の気なしに彼が足を組みかえると、ぶきっちょなイスがキィと鳴った。

 その音に、不安そうに顔をしかめる。

おやおや。次にくる時はイスを持ってこようか?
上等なヤツを

いらん
りんごと金さえ持ってきてくれればそれでいい

 無感動に言い放った。



















 ミカエルの丘から少し離れたところに、アルトの両親のお墓があった。

 命日である今日、アルトが墓参りに向かうというので、帰る前にリウトとユニもついていった。

 アルトに倣って手を合わせる。

 アルトは、月に一度のペースでここに訪れているらしく、墓の周りは小奇麗だった。

 周囲には、色とりどりの花が咲き乱れている。

 毎回山から花を摘んでくるのが面倒になったアルトが、種を撒いたらしい。


 アルトは、レダ王からの手紙を供えた。

 リウトは何か言おうと思ったが、言葉が見つからずに、その様子を黙ってみていた。

 アルトの背中が少しだけ、ほんの少しだけ小さく見えた。

 だけど、次に立ち上がりリウトたちに笑顔を向けた時には、いつもと変わらない状態になっていた。

アルト

また、いつでも遊びに来てね。大歓迎だから

リウト

うんっ!! また絶対にくるよ!!
アルト、元気でねーっ!!

 きっとまた遊びに来ることを約束すると、アルトはメガネの奥でにっこりと笑った。

 笑顔でさよならはちょっと嬉しい。


リウト

 やっぱり、いくら大人だからといっても、ずっとひとりじゃ寂しいんだよ
 だから、また絶対に来る
 そしてアルトにも街に来てもらおう

リウトは胸の中で誓った。

 
行きと違って、帰りは楽だった。

リウト

……不思議な人だったね

 リウトがぼやくと、ユニは頷いた。

リウト

アルトって研究者なんだって
星の研究とかしてるんだって
すごいよね!

 リウトが楽しそうに思い出話をして、ユニがそれを聞いていた。

 最初は全然喋れなかったユニと話をするのがすごく嬉しかった。

 だから、会話も弾む。

 ……と言っても、リウトがほとんど喋っていて、ユニが相づちを打ちながら聞いているような形だ。


 そうしているといつの間にか半分以上の行程を進んでいた。

リウト

帰りって早いねー

ユニ

下りなのもあるわよね

 何かが頬に落ちてきて、空を見上げてみると、突然雨が降り出した。

 空は晴れているから、お天気雨。

 運よく少し行った先に大きな木があったから、二人はそこまで走っていって雨宿りをした。

 この雨はきっとすぐに上がるだろう。

リウト

びっくりしたー。急に降るんだもんなー

ユニ

雨が上がったらもう少しで着くと思うわ

リウト

うん。そうしたら王様に会って、クローブを一発殴る!

ユニ

……

 リウトの目的がどこか変わったような気がしたが、ユニは黙っていた。


 案の定、雨はすぐに上がった。

 ちょっとした通り雨だったようだ。

 遠くの空に、虹が出来る。

 それを先に見つけたユニがリウトに教えてあげた。

リウト

すごい……僕、虹って初めて見た!
あんなにキレイなんだね……!

 リウトは初めて見る虹に感動していた。

 7色のラインにキラキラと目の奥が輝いている。

 そんなリウトに、ユニはしばらく見入っていた。

ユニ

 ……本当に素直な瞳

 リウトがキレイだと言うものは、いつもよりもずっと輝いているように感じた。


 城へ帰っていつもの生活に戻れば、もうリウトと会うこともないのだろうか。






 そうだとしても、人生のうちでリウトのような人に会えてよかったと思った。

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