Wild Worldシリーズ

レダ暦31年
砂の町のメール屋さん

11

  

  

  

 遠い遠い西の空。

空に溶け込みながら立ち上がる一筋の煙。

 それは、輝く星達を覆い隠した。

これは……朗報ですか?

……我らにとってはな

 西の要塞、狭い見張り台で双眼鏡を覗き込みながら、総隊長ラムダは隣のジャンに応じた。
 
 その意味を図りながら、ジャンは隣国の方角、西の空を眺めていた。


 普通の人にはわからないほど細く薄い煙。

 訓練と実践を重ねてきた兵士達の目ならよく見えるこれは、狼煙。

早馬を出す
お前は見張りを続けていろ

は!

 ジャンに告げて、ラムダは踵を返していった。

 夜の静寂に、軍靴の硬い音が響く。



 ラムダの背中を見送りながら、ジャンは小さく、本当に小さく息をついた。

 
生真面目で規律に厳しいラムダが、ジャンは苦手だった。
 

この国を守りたくて兵士になった。

 だけど、ラムダほど身を挺せない。



 時々この仕事が嫌になる。

 投げ出したくなる。

 それは、ジャンがまだ若いからだろうか。



 もうすぐ、東から陽が昇る。















     

狼煙?

クローブ

はい。西の要塞からの早馬によると、ラルタークにて内乱が始まったようです

 日が昇り、次の日の朝。

 
 謁見の間。

 王座に座し神妙な顔をするレダ王と、その10歩手前で膝をつき頭を下げ早馬からの情報を報告するクローブ。



 平兵士達には、直に戦争が始まるかもしれないなどということは伝えていないが、城の中でも重装備を強制されているあたり、少しの理解があれば、国がどういう状況なのか察しがつく。
 
 そうして暗黙の了解のうちに、“国を守る”という使命感に全兵士達が気を張っていた。


 隣国とどういう状況なのか詳しいことは全く分からないが、国を信じ、王を信じ、そして大切なものを守るために命を懸けて戦う。


 クローブには、どんな状況に陥っても揺るぎなく立ち向かう覚悟があった。

 
 それは、兵としてこの城に仕えることになったその日、否、この国に生まれ落ちたその日から。

罠ではないのか?
我らを油断させようという

クローブ

それも考慮していますが、それ以上の情報はまだ届いておりません

危ういな。ラルタークの監視は引き続き行う
しかしかの国からの脅威が今しばらく収まるようだったら……

 レダ王は言葉を止め、目の前にかしずく兵士をジッと見つめた。

 
 先日、リウトというメール屋が会いに来たという一兵士。

 王に就任してからは国のことに精一杯で、兵は兵と、ただそうとだけ見てきた。

 総隊長に任せきりで気にとめる余裕もなかった。


 しかしリウトは教えてくれた。

 この兵士にも家族がいる。



 彼だけではない、名の知らぬ、今も遠征に赴いている兵士達にも皆、家族がいるのだろう。


 レダ王の視線に気付きクローブが顔を上げると、レダ王は彼本来の気安さでにっこりと笑いかけた。

皆に、少しの休息を与えるとしよう

  
















     

リウト

戦争って、ホントに起こるのかな?

 ふいに、リウトが呟いた。
 
 東の空は少しずつ明るくなってきて、その明るさに星達の輝きは溶け込みかけている。

アルト

戦争?

思いがけない言葉に驚いたアルトが聞き返した。

リウト

うん。僕、ずっと砂の町にいて、そういうこと全然知らなかったんだけど……
お城に行ったときに、戦争起こるって言われたんだ

 アルトは、少し目を伏せて一瞬、悲しそうな顔をした。

 だけどそれは一瞬で、すぐにリウトに笑みを見せる。


 自分だって世間には疎い。

 ずっとここに篭って星の研究をしているのだ。


 それでも戦争の残酷さは学んでいる。

アルト

そうか……
リウトは戦争嫌い?

リウト

大っキライ!!
戦争なんてよくないよ!!
何も悪くない人を次々殺していって一体何が楽しいんだよ!!

 リウトは突然立ち上がり激昂する。

 アルトはビックリして、リウトを宥めた。



 戦争は、誰が起こすとか何が起こすとか明確な答えが出ない。

 遡れば、太古の昔からの因縁がほつれ今にまで残り、複雑に絡み合っていたりする。

 そうして、無理やり誰かに戦争の大きな罪を押し付けて戦争を終わらせたとしても、また次の戦争が起きていく。


 人の世は、戦争で作られてきた。

アルト

リウトはやさしいね

 アルトの笑顔に、リウトは落ち着きを取り戻した。

リウト

でも、やっぱり戦争はダメだよ……

 拗ねたように呟く。

 こんなこと、こんなところで言っても無駄だ。



 そんなことは分かっている。

 でも、それでも言葉にしたかった。




 世界の片隅の小さな願いはどこまで届くのだろうか。





  

  

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