それは、土曜の昼下がり。
突然のことだった。
どんどんどんどん！
どんどんどんどんどんどん！
誰だろう･･････？ こんなめちゃくちゃにノックして
プロデューサー！！
ゆ、唯？
た、た、助けてくださいプロデューサぁーー！！
お、お、落ち着いて！ どうしたんだ唯！ そんな泣きそうな顔で！
う･･････ぅぅ･･････
唯？ 大丈夫だから。落ち着いて言ってみて？
は、はい･･････。実は･･････
唯は深く深呼吸して少しだけ落ち着きを取り戻すと、胸に抱えていた白いものを差し出して、
し、しろひぐまさんがっ･･････！ 死んじゃいますっ！？
･･････。
････････････。
なんだ･･････そういうことか
唯が大事に抱きかかえたぬいぐるみ、その名もしろひぐまさん。
直るでしょうか･･････？
部屋の金具にひっかけたのか。首がとれかけちゃってる
直らない･･････ことはないと思うけど･･････
ほ、ほんとですかっ！？
じゃ、じゃあ･･････これっ･･････！ 途中の手芸屋さんでたくさん裁縫道具を買ってきたので･･････これでっ･･････！
唯はまだ泣きそうな顔で、大きな買い物袋にみちみちにつまった糸や針や綿の玉をすがるように差し出した。
･･････必死だったんだね
唯にとって、しろひぐまさんは大事な友達。本当に必死で、涙目になりながら家からここまで走ってきたんだな。
でも･･････ごめん。裁縫はほとんどやったことがなくて、うまくできるかどうか･･････
･･････え･･････
唯は自分でできない？
･･････むむむ、むりむり！ むりですっ！
そんな激しく否定しなくても･･････
ん･･････むにゃ･･････どうしたの･･････？
あれ、唯さん･･････？
すると、用もないのに事務所へきて、ソファで寝ていた千乃が目を覚ました。
どうしたの？ 目が真っ赤だよ？
ち、ち、千乃っ！
お願いっ！ わたしのしろひぐまさんを直して！！
？
あれ、首がとれちゃってるね？
うん。いま直すからまってて？
千乃･･････千乃ぉ･･････！ ありがとう･･････！！
･･････。
････････････。
はい、できたよー
わぁぁぁ･･････！ しろひぐまさんが元通りに･･････！
ありがとう千乃！ 本当に、本っ当にありがとう！！
うん、いいよ。また破れちゃったら言ってね？ 千乃ならすぐになおせるよ。千乃、裁縫上手だもん
あぁ･･････千乃はぬいぐるみのお医者さんだね･･････
お願い･･････しろひぐまさんのかかりつけ医になって･･････。たまに往診にきて･････
ぬいぐるみに往診って何･･････？
少ないけど月謝はだすから･･････！
必死だ･･････！
でも唯さんにもできるんじゃないのかな？ 細かいことが苦手って言っても、これ、そんなに難しくないよ？
む、むむ、むりむりむりっ！
わたしがやったらツギハギだらけになるから･･････。闇医者みたいになるから･･････
もう原形とどめなくて、”しろひぐまさん”が”誰ひぐまさん”になるから･･････
そうかなぁ？
そうだよ･･････
唯はがっくり肩を落とす。事務所では周知の事実だけれど、唯は手先が不器用なのだ。それも筋金入りの。
でもやってみないとわからないよ？
すると、千乃は事務所の引き出しを開け、中から私物の裁縫道具を取り出した。
えへへ。ためしてみよっか？
･･････。
････････････。
こ、こう？ 千乃？
うん、そうそう
唯は千乃の指導のもと、必死に裁縫にいそしむ。
ああっ、とか痛っ、とか、やたら不安な声があがるけど、なんだか微笑ましい気持ちになる。
･･････頑張ってるからちょっと手伝ってみたくなるな。
･･････よっと。この、机の上の端切れ、捨てていい？
え･･････？
ん？ これゴミでしょ？ 片づけようと思って･･････
それわたしが作ったハンカチですけど･･････？
ハンカチ！？ ほ、本当に？ いびつな台形だけど……！？
……一生懸命作ったんですけど……
あ、いや、その、冗談冗談！ わかってたって！ なかなかよくできてるじゃないか！ 形も斬新で！
真四角にしたつもりなんですけど･･････
味！ 手作りの味だな！ これは！！
待て待て、度肝を抜かれたぞ･･････。
ハンカチなんて、布を四角に切って端にステッチをかける程度じゃないのか？ それがなぜこんな有様に？
･･････ごくり。
僕はこれから不用意なことは言ってはいけないと、肝に銘じる。
あ、こっちは捨てていいよね？ よいしょっと･･････。プラスチックの破片だね
それは唯さんが作ったプラモデルだよ？
なぜ破片に！？
じゃ、じゃあこっちに落ちてる木片はゴミだよね！ これを拾おう！ ね！
ううん。それは唯さんが作ろうとした積み木の･･････
つ、積み木の･･････？
残骸だよ？
残骸！！
こ、これはすごいぞ･･････。常軌を逸している。
もはや
手先が不器用
だなんてレベルじゃなく、唯は
手先が破壊神
だ！
やっぱりわたしはダメなんだ･･････
そ、そ、そんなことないさ･･････？
つい声がうわずる。
そ、そう！ 最初は誰だってうまくいかない！ そうさ！
作るのならまだましです･･････。一番ひどいのは直す方で･･････
直す方？
直すつもりがだいたいもっと壊す･･････
さすが荒ぶる破壊神･･････
そのせいか、もう細かいものを見るのもダメなんです。なんか怖くなってきちゃって･･････
ああ、壊してしまうかもって思うんだね
はい･･････。時計とか、パソコンの中身とか、見たらたぶん壊れちゃいます
いやいや、まさか見ただけじゃ壊れないよ
わたしが･･････
唯が！！
もうかける言葉が見つからない！
途方に暮れる僕と唯。
しかしそこへ優しい言葉をかけたのは、千乃だった。
唯さん？ 大丈夫だよ？
千乃？
そう言ってくれるのは嬉しいけど、全然大丈夫じゃないよ･･････
ううん。大丈夫
ほら、千乃が作ったねじ巻きのおもちゃだよ？
ああダメっ！ 無理矢理はダメだよ！ あ、あ、壊れちゃうっ！
嫌がる唯が千乃のおもちゃに触れると、ねじが弾け飛び、一瞬でおもちゃが瓦解する。
じゃあ、次は千乃が作ったボトルシップだよ？
だ、ダメっ！ そんな繊細なもの触ったら･･････っ！ ･･････って、ああーっ！？
ボトルを触っただけなのに中身の船が壊れた！？
だから言ったのに･･････
･･････すごい
唯さんすごいね？ 神かな？
千乃はほくほく顔で、ほっぺたをつやつやさせながら唯が壊したものたちを眺める。
千乃、何か新しい世界を見つけた気がするよ？
芸術は爆発だと言うが。
どうやら千乃は唯の空前の不器用さにアートを感じたらしい。
じゃあ唯さん、次はこれ触ってみて？
ああっ！ また壊れたぁっ！
じゃあ唯さん次はこれ･･････
休日の事務所に破壊音が鳴り響く。
どんなマイナス点も、見る人によってはプラスになるということを学んだ一日だった。
