数奇

紙に印刷して、それをテープで留めただけのようですね

五日町

貼り方が雑だな。
斜めになっている上、テープもきっちりと貼られていない

夜暮

それに、言っちゃ悪いですけど、この学園の雰囲気に似合ってないですね。
急な故障じゃこんなオシャレな学園でもこうするんですね

なんていうか、安っぽい

って、つい乗っかったけど、こんな何でもない張り紙に集って難癖つけてるとか、端から見たら変な人だ……

夜暮はあたりを見渡したが、人の気配はなかった。

夜暮

ん?
そういや、今日ってほとんど生徒いないんでしょうか。
さっきから全然見ませんけど

休日、工事中。
人の少ない要因は考えられるが、それ以前に

五日町

お前は職員控え室の前にいるのが好きか?

……ああ、この階って全部が職員室なんですか……

数奇

あの……この階だけではなく、上の階も丸ごと職員用です

……多っ

っていうか、さっきから思ってましたけど――

五日町

階段

夜暮

え?

五日町

そこに、階段があるな

五日町の指した先には、大きな柱が立っていた。

その柱の一角がアーチ状の入り口となっており、
螺旋階段が続いている。

この図には不正確な縮尺や表記が含まれる

……ああ、そーですねー

五日町

どうした。
何を気にしている?

別に? いつも自分のペースで行動して、今朝も「急用」とかで遅刻してくるような五日町さんに慣れてる僕が、今更、話を遮られたくらいで気にするわけないじゃないですか

お前は、時折非常に理解しやすい
話し方をするな

そりゃまあ、分かってほしいとは
思ってますからね!

……

五日町

数奇?

数奇

……行きませんか?

数奇透は、階段の入り口に足を掛けていた。

そのまま、足を左側へ。
階下へ踏み出す。

あっ、待ってくださいよ!

慌てて後を追いかけようとした夜暮の
すぐ目の前で、数奇が止まる。

階段はまだ2、3段しか降りていない。

え、ちょっ

急な停止に対応できなかった夜暮は、
追いかけた勢いのまま
数奇の背中にぶつかりそうに――

五日町

廊下は走るな。
教わらなかったか?

……どーも、助かりました……

不安定になった夜暮を支えたのは
五日町の手だった。

その瞬発力と安定感に
夜暮は内心舌を巻く。

夜暮

あとは、掴むところがえり元じゃなければ完璧なんですけど。
僕は猫か何かですか?

五日町

何か?

夜暮

いいえ別に何とも?

いやー、五日町さんと一緒に居ると怪我すらしなくて済みそうですね!

……

夜暮

ところで数奇さんは
何してるんです?

数奇

あ……

数奇は、先ほどの騒ぎに
全く気付いていないかのように
奇妙なことを繰り返していた。

階下へ数歩下ってはまた入り口まで戻り、
今度は上の階へ階段を上っては戻る。

それを3回ほど繰り返していたのだ。

……いえ、何でもありません。
お二人の話が済んだのでしたら、先を急ぎましょう

五日町

……暗いな

下から上向けに光が配置されていますね

足元はよく見えるが……

天然のスピーカーのように

声は空間に響き

階段は足音をくっきりと跳ね返す。

五日町

常用されていないのか……?

降りる順序は先に数奇、次に五日町。


何故か夜暮が一番後ろを歩いていた。

最初に行っちゃった数奇さんはともかく、普段なら五日町さんが最後に行きそうなものなのに

……いや、そこまで不思議に思うこともなかったか

夜暮

五日町さん、数奇さんのこと大事にしてるんですね

五日町

何が言いたい?

夜暮

転んだりしたら大変ですもんね!
分かりますよ、僕でもそうしたくなっちゃいますもん

その瞬間、


数奇の体が前に不自然に沈んだ。

……すみません

いや、構わん

数奇は体勢を整える。

つまずいて転びかけたところを、
手すりを掴んで止めていたのだ。




五日町の手は、数奇に
触れる直前で止められていた。

……ホントに落ちるとか、冗談でも止めてくださいよー?

数奇

……はい

言うと、数奇は足を一歩、引っ込める。

数奇

ここです

夜暮

「ここ」とは?

さっきが5階。高さからいって、このあたりが4階床の高さのはずです

夜暮

え、でもここ、扉も何もないですよ?

ですから、ここは各階を繋ぐ階段ではないようです

僕はこういった建築物の構造に詳しくありませんが……「由緒正しい学校」の「入り組んだ構造」の一環なのでは?

五日町

……やはりか

夜暮

「やはり」?

五日町

近代的な建築なら、エレベーターの付近には必ず、分かりやすい位置に階段を置く。しかし、一階には例のエレベーターの近くにそのような施設がなかった

夜暮

……そういえば、エレベーターに乗る前、何か気にしてましたね

五日町

階段があれば、そちらを使う気だったからな

夜暮

この一階一階が長い階段を5階まで上り下りするの嫌なんですけど

夜暮

っていうか、数奇さんはなんで、ここが4階の高さだって分かるんですか?


外装を見たり階を通ったときに、一階ごとの高さや階ごとの間隔は見当がつきます

あとは、その長さを蹴上(けあげ)……つまり階段一段ぶんの高さで割れば、およそ何段下れば下の階の床の高さに着くか分かります

夜暮

え……マジで?

そんなことが、感覚と頭の中だけで分かるんですか?

数奇

多少時間があれば

夜暮

……凄いなぁ

数奇

……どうしますか? 五日町さん

五日町

一階にこの構造が見られなかった以上、この階段は途中の階までにしか繋がっていない。無暗に通ってもその先で迷うだけだ

一度五階に戻る。
また案内が要るな

夜暮

案内……あ、来るとき聞いた子たちにまた連絡とってみましょうか?

夜暮

……と思いましたけど、圏外か……
さっき5階では使えてたし、この階段だけ駄目なのかな

五日町

戻るぞ

夜暮

あ、待ってください、今つきました。
電話します?

五日町

……電波の強さは?

夜暮

え?

夜暮

そこそこ強いですけど、それが何か?

五日町

……そうか。
だが、不安定な環境で電話することもないだろう。早急に上がれ

夜暮

ああ、今度は僕が先頭ですもんね。りょーかいです

‡4 β-エンドルフィンに溺れて ―ⅴ

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