Wild Worldシリーズ

レダ暦31年
砂の町のメール屋さん

9

  

  

  

 ミカエルの丘にある塔は、円筒状の建物だった。

 石材で組まれた壁には、窓がぐるりと張り巡らされている。

 少々古びた塔で、リウト達が歩いてきたほうとは反対側には海が面してあり、森と海の両方が眺められた。

 海に面したほうは、潮風に当たられて白くざらついており、リウトたちが歩いてきたほうの面には、緑の植物がまとわり付いていた。



 外はもうすっかり暗く、塔は月明かりに照らされていた。

 どこからか獣の遠吠えが聞こえる。



 この塔は全部で5階まである。

 2階は居住スペース、3階は寝室になっていた。

 どの階も決して広くはなく、物が散乱し山積みになっていて、足の踏み場を見つけるのが難しい。

 一歩踏みしめるたびに、どこかで何かが動いたり落ちたりするが、アルトは全く気にしないらしい。

 

アルト

ごめんね、散らかっていて
お客さんもあまり来ないし、片付け下手なんだ

 リウトたちは、案内された2階で夕食をご馳走になっていた。

 アルトは粗食らしく、出されたものはお城で出してもらったものとはかなり違い野草を中心とした質素なものだが、それでもその好意がすごく嬉しかった。

 後片付けはリウトとユニでやった。


 食後の団欒に、丸い木製のテーブルにリウトとアルトがついていた。

 ユニは立っている。

 イスは2つしかなく、最初はユニにイスを勧めたのだが、彼女は立ったままでいいと頑なだったため、アルトが肩をすくめて座った。

 3人のカップの中にはホットミルクが入っている。

 リウトはホッとする湯気を頬に当てていた。

アルト

レダ王からの手紙、ね

 早速手紙を受け取ったアルトが、中は開けずに表の文字をじっくりと眺めていた。

 何度か目にした、レダ王と思しき文字。

 ペンもインクも高級なものを使っており、下手な字でも高貴に見えてくるが、本質を見抜くアルトにそんなものは通用しない。


 アルトは小さく息を吐き出した。

リウト

王様と知り合いなの?

アルト

ううん
僕は知らないよ

 リウトたちよりもずっと年上のはずなのに、妙に子供っぽい話し方をする。

 
 人差し指でメガネの端を動かしてから、アルトは手近にあったカッターで封を切った。

 便箋は3枚。

 その文面を目で追って、しばらくすると息をつきながら便箋をまた封筒の中に戻した。

リウト

知らないのに、王様から手紙が来るの?

アルト

うん。年に1回くらいかな
毎年誰かが持ってきてくれる
そろそろそんな時期だと思っていたよ

リウト

そんな時期って?

アルト

明日、両親の命日なんだ

 アルトはさらりと言ったが、ユニがピクリと反応した。

 リウトは明らかに悲しそうな顔をしている。

 2人の視線に気付いたアルトが、少し困ったように笑った。

アルト

大丈夫さ。僕はひとりでも平気な歳だし
そんな顔しないでよ
僕は大丈夫だから

ユニ

で。その手紙にはなんて書いてあるの?

 同情を隠すようにユニが冷たく聞いた。

アルト

どうってことないよ
両親への言葉と、僕への気遣い

ユニ

どうってことない手紙で、そんな枚数あるの?

 ユニは鋭く、アルトは苦笑した。

アルト

こっちにも事情があるんだよ

 さらりと受け流して、手紙を見えない場所にやった。

リウト

大切な手紙はもっと丁寧に扱ってほしい

 リウトは思ったが、どうしようとアルトの自由でもあるので黙っていた。

アルト

君ら、今晩は泊まっていくだろ?

リウト

いいの?

アルト

もちろん。こんな暗い中帰すわけにもいかないし
夜は危険な動物も多いから。泊まっていってよ
僕も久しぶりに人に会えて嬉しいから

 当然のようにアルトは言う。

 そして、布団を用意しに3階へと上がっていった。

 アルトがにっこりと笑うと、どうしてか安心してしまうから、リウトたちは素直に甘えた。



 残された二人は、どうも黙っていられずにいた。

リウト

久しぶりに人に会えたって……
ずっとひとりでいたのかな?

ユニ

人が嫌いなのかしら?
その割には人好きのする顔してるわよね

リウト

アルトって女の子みたいな顔しているよね

ユニ

歳いくつなのかしら
顔の割には落ち着いているのよね

リウト

こんなところで何をやっている人なんだろう

ユニ

レダ王はどうしてあの人に構っているのかしら

 アルトについてさまざまな憶測をしていた。


 二人でこんなに会話を交わすのは初めてだった。

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