闇を纏いしもの
酷く静かな暗闇は
五感のすべてを奪い
怪しく光る眼光を際立たせていた。
……そして、
視認できるのが眼光だけであったのは
那由汰と友美にとっては幸いだった事を
その時は知る由もなかった。
なんて重い視線なんだ……。
イヤ……。
あの光……。
浴びせ続ける眼光は
二人の意識を途切れさせんと
その光をゆっくりと明滅させる。
少しでも気を抜けば、
膝から崩れ落ちてしまうであろう。
……もうムリ……
友美先輩、しっかり!
壁にもたれかかりながら
ズルズルと崩れ落ちる友美を
那由汰は支えてゆっくりと座らせる。
友美のその意識はすでに混濁していた。
那由汰は友美を
眼光の届かないところまで移動させると
再びその主と対峙する。
『アレ』が『何』かを掴まないと
紗希ねぇちゃんへの手がかりはなくなってしまう……。
那由汰は眼光の主の全容を知ろうと
手に持つ懐中電灯を向ける。
……しかし。
光が……届かない!?
不可逆な漆黒の屈折体は
懐中電灯から放たれた光を
戻すことはなかった。
デバエブトゲンハ
エオビエボェゾグ
!?
漆黒の闇の間に声のような物が反響する。
それは耳から聞こえているのか、
脳内に響いているのか、
定かではなかった。
眼光の主は那由汰へ
何かを話しかけたのだ。
……何を言っているんだ?
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;EQUBE*WCN!#
……変わった……さっきと違う?
意思が伝わらないと判断したのか、
眼光の主は先程と違う音を発していた。
その音にも那由汰の反応がないと見るや
次々と違う音を発する眼光の主。
それはまるで、
ラジオの周波数をあわせるかのように。
オニガミ……
!!!
突如眼光の主から発せられた
聞き覚えのある単語に
那由汰は思わず身を震わす。
それを皮切りに
眼光の主は人間の言葉を操り始めた。
オニガミ…ノ…
ツガイ…カ…?
ウッ!
オニガミ…
チガウ……
瞬きのような所作をした眼光の主に
那由汰は
すべてを見透かされたような気がした。
鬼神じゃないことがバレた……?
数少ない優位性を奪われた那由汰の背中に
一筋の冷たい物が走る。
一体この状況で何ができるのか、と。
ヨヘイ…ノ…
マツエイ…
ヨウ…ハ…ナイ
ヨヘイ……?
ドコダ……
ロスヴァイゼ…
那由汰の存在が
取るに足らないものと気づくと
漆黒の闇の眼光は室内を舐め回すかのように
その光を移動させはじめた。
……何かを探している?
……ロスヴァイゼ?
突如、漆黒の闇の中で
何かの割れる音がしたかと思うと
眼光は部屋の隅と思しき所へ突進し
そして、消え去った。
ついで、あたりを包んでいた漆黒の闇が
まるで、排水溝へ流れる水のように
眼光の主の消えた場所へと吸い込まれていった。
気がつくと、
瀧林教授の書斎の照明がついていた。
それどころか瀧林邸すべての照明が
点灯していた。
……消えた。
那由汰は漆黒の闇が
吸い込まれた場所へと向かう。
そこには壁にピタリと付けられた
本棚があるだけだった。
眼光の主はその隙間に
溶け込んでいったとしか考えれなかった。
壁に手を当てながら
那由汰は眼光の主の言葉を思い出す。
ロスヴァイゼって言ってたな……。
紗希ねぇちゃんと
関係があったのかな?
那由汰は、黒曾と交わってしまったことを
酷く後悔していた。
……何やってんだ俺は。
結果として
紗希に繋がる手がかりは
何も得られなかったのだ。
落胆した那由汰は
部屋の入口に座り込む
友美の元へと歩み寄り
片膝を着いた。
友美先輩、もう大丈夫だよ。
立てる?
……ううん。
まだ、くらくら……
するのですよ……。
著しく精神を疲弊した友美は
すぐには立てなかった。
那由汰は、ふぅと一息ついて立ち上がり
瀧林教授の部屋の様子を俯瞰した。
ふと、那由汰は床に転がる
割れた標本瓶に気付いた。
しかし、その中身らしきものは
どこにもなかった。
あの標本瓶って……。
と、その時。
!!!
こ……こんどは何?
引き裂くようなその悲鳴が
瀧林邸のすぐ前から聞こえてきた。
つづく