余程ニヤついていたのだろうか。
輝は食って掛かるように
机をひとつ

と、叩いた。

私はあの女に未練などない。
このとおり瞳子もほぼ完成したし、今更あの女などいなくても、

はいはい。そういうことにしておきましょう


口から泡を吹く勢いで言われると
その必死さが逆に可笑しい。

口元が緩まないように
押さえ込むので精一杯だ。

どうせ愛想を尽かされるに決まっているんだ。顔は似ているかもしれないが、あの女は侯爵令嬢ってガラじゃない

その時になって戻って来たって……

すごく未練があるように見える

笑うんじゃない!

はい

用がないなら帰ってくれないか。
さっきも言ったが私は弟子は取らない



これ以上ここにいても
収穫はなさそうだ。

機嫌を損ねて通報される前に
退散したほうがいいだろうか。




晴紘はちらりと窓の外を見る。



この工房は家の最奥にあるが
時計塔の音が聞こえないということは
ないだろう。






灯里の母親が
どんな意図で侯爵家に行ったのかなど
わからないところはあるけれど

それはここで粘っていても
きっとわからない。





後は、

あ、あ……っとひとつ。この瞳子さんは、普通の自動人形ですよね?


残っている疑問を
解決しておきたい。

普通のはずがないだろう。
これは私が心血注いで作り上げた、

そういう意味じゃなくって。
例えば人間みたいに考えたり喋ったり動いたりしませんよね? っていう











例えば、時計塔で出会ったあの娘。

あれはいったい誰なのか。







人間のように……

それは自動人形に関わる者全ての夢だな

我々人形技師は、より自然な動きをし、より人に近い人形を作ることに専念している。
この数年で技術は格段に上がったが、まだ頂点に到達することはない

……いや、未来永劫到達することはできないのかもしれない

そりゃまた過小評価ですね

作ってはいけないことになっているのだよ。
人と同じもの――人をを作り出すということは自身が神と化すことと同義だ

技術の問題ではなく、倫理に近いのかもしれない

……


と言うことは、
この「瞳子」はやっぱりただの
人形ということか。


西園寺侯爵の屋敷にいた
やたらと人間ぽく見えたアレは
そう見えるよう仕組まれた
動きに過ぎないと言うことだ。


そして
時計塔にいたあの女は
この「瞳子」――人形の「撫子」では
ないことになる。



世界に3人いるそっくりさんの最後の1人か?



そんな偶然があってたまるか
とも思うが
そう考えるしかあるまい。

聞きたいことが終わったのなら帰りたまえ

あ、っとそれじゃあとひとつ

倫理とやらを吹っ飛ばせば、人間のように作ることは可能……?

……だな。科学の進歩は素晴らしい。SF小説にもあるだろう?

だが、それはもう自動人形ではない。
自動人形はからくりと歯車から生まれる儚い娘たちなのだよ

……

とりあえずいろいろと
こだわりがあることはわかった。

彼ならばきっと
人間の娘の手足を
人形につなげるなどという
発想はしない。


そうすることで
ひとつ上の高みに――
人間の動きに近付ける、としても。

























森園輝氏はご在宅か?

突如、声と共に扉が開いた。

……今日は客の多い日だ

失礼


入ってきたのは書生風の男。

玄関の鍵が開いていたのだから
誰でも入り込むことは可能なのだが

それ以前に
顔見知りのようだ。


侯爵からです。お納めください



それを証拠に
入って来た男は晴紘には目もくれず
懐から茶封筒を取り出す。

お金!?


輝が何も言わないで
受け取ったところから察するに
初めてのことではないのだろう。


あの、それは……





晴紘が口を開いた
その時、












無情にも鐘が鳴った。
















【陸ノ参】十一月六日、五度・漆

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