Wild Worldシリーズ

レダ暦31年
砂の町のメール屋さん

2

  

  

  

 砂の町から城へは、ひたすら北へ向かうことになる。

フェルケ砂漠を抜け、広い荒野を越えると広大な異紡ぎの森が広がっていた。

迷いの森とも呼ばれるこの森は、多少遠回りになったとしても迂回するのが一般的なルートだった。



 しかしこの日、リウトは早くクローブに会いたい一心で、近道とばかりにこの森に迂闊に足を踏み入れ、案の定迷い込んだ。

城下町へは普段行きなれているだけに、慢心してしまった。

 足元を覆いつくす腐葉土。

光を差し込まないほどの葉の空。



 右も左も、前も後ろも木木木木……



 しっとりとした空気は砂の街とは真逆。

慣れない環境に、リウトの身体はおかしくなりそうだった。

 どこからか鳥の声。

 風が吹いて葉がざわめく。

 人の気はなく、静かなおぞましさが全身にまとわりつく。


 磁場が狂っているのか方位磁石は使い物にならず、歩き続け疲れてくると大切に預かってきた手紙や届け物さえだんだん重く感じてくる。


 城へは何度も行っているのに、どうしてこの日ばかりはこんなことをしてしまったのだろう。

リウト

やばいな
どうしよう……

 リウトは無意識に呟いた。

 けれども答えなど返ってくるはずもなく、声はどこかへ流れて消えた。

 木が覆い茂るおかげで熱くも寒くもない。


 四方八方どこを向いても緑緑緑緑……。

 どこまでも緑が続いている。

 ほんの少しの隙間を縫って光は降りてきているが、道しるべになるはずもなく。


 急に不安になる。


  ちゃんと城へたどり着けるのだろうか。

リウト

急がば回れ……だっけ

 しかし戻ろうにも道が分からない。

 リウトは、肩を落としてため息をついた。

 それでも、いつか抜け出せると信じて進んでいく。

 信じなければやってやれないし、立ち止まっているわけにも行かない。


 砂の町の人たちの大切な手紙を預かっているんだ。

 それに、

リウト

クローブに会ってせっついてやらないと!!

 リウトはやる気を出すと、偶然見つけた小川に沿って歩いていった。

 この小川の水はとても澄んでいて、少しの光だけでキラキラと輝いた。


 足場の悪い慣れない道に歩き疲れて少し休もうかと思った頃、視界に小さく動くものを見つけた。

リウト

……森リス?

 小動物を見るのは初めてだった。

 砂の町ではほとんどの動物は生きていけないし、城下町のペットショップにも入ったことがない。

 図鑑でちらっと見たことがあるくらいだ。

リウト

野生かな?

 森リスの可愛さに何となく癒されて目で追ってみると、森リスは一軒の小屋に入っていった。

リウト

小屋? こんなところに……

 小奇麗な外観だが、地震でも来たらすぐに潰れてしまいそうな弱々しい小屋。

 森リスたちのたまり場にでもなっているのだろうか。

 リウトはいぶかしむが、どうせ道に迷っているのだし少し寄ってみることにした。


 
 扉の前に立つと、リウトが開けるよりも先に扉が開いた。

リウト

うわっ!!

 驚いたリウトは、サーっと少し大げさに後ろに下がった。

リウト

ひ、人!!?

 そしてそこから現れたのは、色白で紫の髪に紫の衣装を着た無表情の女性だった。

 頬に刺青。

 これが呪い者のよくやることだと知らないリウトは、一瞬異民族だと思ったが、それにしては違和感があった。

リウト

 ゆ、幽霊!? それとも魔女!?

 そ、それにしても一体どうしてこんなところに若くて綺麗な女の人が!!?
 っていうかここどこ!!?
 僕、どこに迷い込んだの!!?
 僕、夢でも見てるんじゃないの!!?

 彼女の神秘性と独特の存在感が、怖いくらいにリウトを混乱させた。
 
 夢かと思って自分のほっぺをつねってみるが、ちゃんと痛かった。

城へ行きたいのか?

 抑揚のない声。

 表情はなく何も読み取れない。

 声を聞いたら、リウトも少し落ち着けた。

 森リスたちが彼女の足元で動き回る。

リウト

う……うん
道に迷っちゃって……

 ためらいながらも素直にうなづくと、女の人は迷いなく一点をスーッと指で指し示した。

 リウトの目線も合わせて動く。

ここをずっと真っ直ぐに
途中で赤い樹がある
それを目印に真っ直ぐ進め
後は木漏れ日にそって歩いていけば森を抜けられる
そこから城下町の城壁が見える
あとはもう分かるだろう

 淡々とした説明。

 しかし人に道を教えるのが慣れている口調だった。

 もしかしたら、迷い込む人がたくさんいるのかもしれない。

リウト

あ、ありがとう

 普段のリウトならもっと何か話をするのだが、今回は素直にお礼を言うしか出来なかった。

 それくらい彼女は神秘的だった。


 だから、早々と立ち去ろうとすると、

待て

 呼び止められた。


 何が起こるのかと緊張していたら、なぜかリンゴを2つ渡された。

   

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