Wild Worldシリーズ

レダ暦31年
砂の町のメール屋さん

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 フェルケ砂漠の中央、オアシスの畔に、『砂の町』と呼ばれる小さな集落があった。

 灼熱の太陽の下、砂嵐を防御しながら求め続ける恵みの水。

 オアシスには人が集まり、いつの間にか“町”と呼ばれるほど大きくなった。

 人々が踏みしめて固くなった道。

 どこからか絶え間なく流れてくる砂。

 風は乾き、空気そのものが乾燥していた。

 誰かが地をけるたびに細かな粒子が舞い上がる。

 それがたびたび重なるから、視界は黄色い。


 この地帯はただでさえ気温の高い気候なのだが、道行く人は全身を薄布で覆っている。

 そうしないと太陽光線や砂に皮膚がやられてしまうだ。



 古い英雄の名を取り『フェシスの道』と呼ばれている、小さな町の中でも一番大きな通り。

 この道の左右には、リンゴやパイン、芋など熱に強く日持ちのする食料を売る人、麻やわらで作った布を売る人などが陣取り、それなりに賑わいを見せていた。


 いつもと変わらない風景。

リウト!!

 後ろから声をかけられて、道の真ん中を歩いていたリウトは振り向いた。

 幼さの残る大きめの碧色の瞳を大きく見開き、呼び主を捉えた。

 砂に入り込まれた髪はぱさぱさになっている。

 彼はアースカラーの布で全身を覆い、肩から大きな袋を提げていた。


 声の主がリウトに駆け寄ってくる。

城へ行くんだろう?
ついでにコレも頼みたいんだけど

 恰幅のいい見知った中年女性は親友の母親だった。

おばさんは幼い頃から両親のいないリウトの世話もよくしてくれていた。

 リウトにとってこの人は母であり、このおばさんにとってもリウトは息子同然のようなものだった。


 リウトの親友、クローブは今、城で警備兵の仕事をしている。

 差し出された白い封筒を、リウトは丁寧に受け取った。

リウト

この手紙をクローブに渡せばいいんだね
いいよ、わかった

いつもすまないねぇ

リウト

おばさんの頼みを断るわけないよ
僕、おばさんには頭が上がらないんだ
いつもお世話してもらっているから

 リウトはさらりと言った。その言葉に感動したおばさんは、彼の手を取った。

まぁ。リウト、困ったことがあったらすぐおばさんを頼るんだよ!
息子と一緒にいつでも力になるからね!!

リウト

あははっ。大げさだよ
クローブはそういう面倒事嫌がるんじゃないの? 
あ、女の子の頼みなら聞きそうだけど

リウトのためならバカ息子だって出動するに決まってるのよ!
リウトにはやさしくしろって育ててあるからね!

リウト

あはは。僕にやさしくって。
みんなにやさしくの方がよくない?

かわいいリウトのためさ
あんたは素直すぎるから、ほいほいと知らない人についていくんじゃないよ

 おばさんはリウトから手を離して、人差し指を突きたてた。

 まるで小さい子に言い聞かすようだとリウトは笑う。

 

リウト

おばさん、心配性のくせに、よくクローブをひとり城に出したな

リウト

次、クローブはいつ帰ってくるの?

さぁ。年があける前には帰ってくるって聞いてるけど

 おばさんは頬に手を当てて肩をすくめた。声のトーンが少し低くなる。



 以前も、帰ると言っていた日に急に仕事が入り、どうしても帰ってこれなくなったことがある。

 城仕えのクローブには自由が利かない。

 
 実際、クローブが言っていることの8割はリウトやおばさんを安心させるための嘘が多かった。

 それに気づいているから尚更、リウトとおばさんは心配になる。



 リウトは、ふわっと笑っておばさんの肩を叩いた。

リウト

ちゃんと渡すから
僕、クローブに会ってみるよ
たまには家に帰れってせっついてくるから

リウト……! 何から何までありがとうね!
あんたがいてくれてよかったよ!

リウト

僕だっておばさんがいてくれなかったら今の僕がいなかった
感謝しているのは僕のほうだから

あんたのような子がいてくれるからおばさんも頑張れるんだ
リウト、いつでもおばさんに頼っておいでよ

リウト

こっちのセリフだよ
困ったことがあったら頼って
力になりたいからさ

 お互いがお互いを称えながら二人は笑いあった。

 歳が合えば恋人同士のような会話である。

 しかしどちらも無意識だった。

 思っていることを言っただけにすぎない。

これ、こんなものしか用意できなかったけど、お腹がすいたら食べて

 おばさんは袋の中からりんごを3つ取り出して、リウトに渡した。

リウト

ありがと。十分だよ

 リウトはそれを受け取ると、腰に巻きつけてあった布袋に入れた。

 
 そしてどこか名残惜しみながら、片手を挙げてそのまま北を目指した。
 

   

砂の町のメール屋さん1

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