7/7/2012 21:31
四条病院 救急搬送口

勢いよく救急搬送口の扉が開く。汗だくの少年がその出入り口から入ってくる。

戸塚 拳

はぁはぁはぁ…

戸塚 拳

白井先輩!大丈夫っすか!?

暗雲天

拳…残念でした…
間に合いませんでしたね…

戸塚 拳

ま、まさか…

白井 隆之

俺は生きてるぞ…

 和服の男の後ろから白衣の男が顔をのぞかせる。白衣の男が、壁を背に地面にへたり込んでいるのを少年が確認し、ほっとした表情を浮かべる。

暗雲天

隆之の無様な姿を拝むことはかないませんでしたよ。残念でしたね。

戸塚 拳

 暗雲天(アンウンテン)のそういうとこ嫌いだわ…

白井 隆之

右に同じだ。

暗雲天

あらあら、いいんですか?我々はチームだというのに…

白井 隆之

和を乱すというか…周囲を振り回す式神にそんなことを言われる筋合いもないんだがな…
まあいい。急いでここを片付けるぞ。

戸塚 拳

片づける?妖はもういないんすよね?

白井 隆之

ああ。しかし、ちょっと厄介な状況だ。

戸塚 拳

そういえば、俺のほうもちょっと困ったことに…

白井 隆之

まずはこっちのことだ。この血痕を綺麗に拭き取るんだ。暗雲天は救急車のほうを頼む。

暗雲天

式神使いが荒いですね。わかりましたよ。任せてください。

 一閃の光を放つと、暗雲天はの紙の形代(かたしろ)となり、入ってきた時と同様に扉と扉の隙間から勢いよく出て行った。

戸塚 拳

ところで、血って…なんでっすか?

白井 隆之

どうやら、短時間で荒小魂が妖になってしまった原因がその血にあるようだ。血を拭き取ったら使った雑巾やらモップやらは焼いてしまったほうがいいだろう。

戸塚 拳

ん…霊力の高い血ってことっすか。あんまり聞かない話っすね。でもまあ、病院は陰の気が集まりやすいっすからね。念入りに掃除したほうが良さそうっすね。

白井 隆之

その通りだ。確認したいことがあるからちょっと電話をかけてくる。報告もしなければならんしな。さっさと掃除しといてくれ。得意だろそういうの。

戸塚 拳

了解っす!

戸塚 拳

あれ?…掃除に得意も不得意もあるのか?まあいいか、ささっと終わらせよっと。

 白衣の男は、電話に番号を打ち込みながら廊下の角を曲がっていった。少年は清掃用具を探しにこの場を後にした。

 数分後、各々のすべきことを終わらせ、再びこの場所へ集合した。

暗雲天

救急車に関しては、もう大丈夫です。

戸塚 拳

廊下は大分きれいにしたっす!

白井 隆之

電話で報告を終えたが、少年は八太ノ丸公園から搬送されたそうだ。念のためそっちのほうは、今から戸塚が巡回してくれ。

戸塚 拳

了解っす。で、終わったら事務所に直帰(ちょっき)でいいっすか?

白井 隆之

ああ。
そして暗雲天は、「高木 真人」という少年の監視と護衛を頼む。とりあえず、明日の朝、私たちが合流するまでだ。

暗雲天

あの美味しそうな血の持ち主ですね。わかりました。

白井 隆之

物騒な物言いはやめてくれ。安心できん。

暗雲天

私はどうということはありませんが、この子たちが騒ぐのですよ。

 無数の闇の影の中にある瞳が、ある一点を見つめている。おそらく、少年のいる方向だろう。

白井 隆之

…とりあえず、そいつらはおとなしくさせておけ…

戸塚 拳

白井先輩はこっからどうするんですか?

白井 隆之

救急車に同乗してきた家族の安否を確認してから、事務所へ戻る。

白井 隆之

では、各自持ち場へ。解散。

 その静かに発せられた号令の後、三人は別々の方向に向かうため、この場を後にした。

7/7/2012 22:44
大神(おおかみ)市 某事務所

戸塚 拳

あっははは!マジか、こんなことあんの!?

 少年がソファに座り、バラエティ番組を見てのんきに笑っている。

白井 隆之

おう。早かったな。

戸塚 拳

お疲れ様っす。公園は、特に問題はなかったっす。少年は、水場に倒れてたみたいっすね。血は水に流れていったんだと思うっす。

白井 隆之

こっちも問題はなかった。
そういえば、お前さっき病院で困ったことになってるって言ってたな。どうした?

戸塚 拳

あ、忘れてたっす!

戸塚 拳

姫上(ひめがみ)神社の件です。荒小魂や狐の類が憑いたのかと思ってたんすけど、どうやら神様が降りてきたみたいっす。

白井 隆之

ん…なんだって?

戸塚 拳

神が降りてきたみたいっす。

白井 隆之

『神懸かり』か…お前の話し方だと今一緊張感が伝わらん。で、依り代は?

 少年は、テーブルの上に置かれた手帳を開き、その内容を確認する。

戸塚 拳

『神宮寺 奈緒』この神社の神職さんの次女だそうです。めっちゃかわいいっす。

白井 隆之

お前は、その様子を直に見たのか?

戸塚 拳

それが…最後の最後の一部分だけで、奈緒ちゃんの寝顔とご両親とその友人しか拝んでないと言っても過言ではないっす。

白井 隆之

まあ、一瞬でもその場にいたら感じただろうと思うが…神性だったかわかるか?

戸塚 拳

神性…神格かってことっすね。正直、よくわかんないっす。霊格や鬼格ではないと感じたっす。

白井 隆之

まあ、はっきりわかる人間なんてそんなホイホイいる訳はないか…
少なくとも戦後の組織再編以後は、そんな事象は起こっていないはずだ。
まあ、俺たち下っ端が知らされていないだけかもしれんが…

戸塚 拳

ご神体の力かわかんないっすけど、あそこの神社は山全体が結界というか神域として機能してるんで、そもそも妖の類はそう簡単に入れないはずっす。

白井 隆之

なるほど…
で、何か啓示(けいじ)は何かあったのか?

戸塚 拳

はい。でも、どうやら奈緒ちゃん自身に伝え聞かせたということらしく、身分を名乗り、高天原に帰ったみたいっす。

白井 隆之

で、どちらさんだって?

戸塚 拳

それが…八意思兼神(ヤゴコロオモヒカネ)と名乗ったそうっす。

白井 隆之

…オモヒカネ…

白井 隆之

別天津神(コトアマツカミ)の直下の神格だぞ…考え方によっては三貴神と同格の神じゃないか。もはや信じられんな…

白井 隆之

で、報告はもう済んでいるのか?

戸塚 拳

ちょうど白井先輩の電話が来る直前に済んでたっす。

白井 隆之

そうか…すべては明日、少女と直接会ってからだな。もういい。今日は店じまいだ。
病院の面会時間は…明日は日曜だから…11時からか。明日の朝はまず姫上神社に顔を出してから病院だな。とりあえず、今日はもう寝ろ。

戸塚 拳

うっす。おやすみなさいっす。

 二人は、テレビのある応接間から出て、それぞれの部屋と思われる個室に入っていった。

一章 第7話「熱血少年と飄々式神」

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