今日もほら、迷っている人が、其処に。

そんな迷い人に、しるべを。

傘は、ご入用ですか?

傘屋

恋人が、行方不明で

迷い人は、語りだす。

静かに、雨にすべてを流してほしい--------そう願っているかのように。

あるいは、涙を隠すように。

あるいは、雨の道に、思い人を探して。

もう三日なんです。守衛たちは、もうすこし待てと、捜索に動く気配もなくて

……彼女をずっと、閉じ込めていたのに

何処に行ってしまったのか……。彼女は足が悪いから、見当もつかなくて

此の道は?

此の道は、彼女と初めて出逢った道。
今日のように、雨が降っていて。彼女はひどく濡れていて、風邪を引いてはいけないからと、僕が家に招きました

貴方の家は、近いのですか?

いいえ、近いわけではないんです。
ただ、彼女は……

出てきた家への帰り方を、知らなかった?

そうです。ひとりで外出するのは初めてだったようで。
……彼女は此処で、途方に暮れていた。身体が温まってから、住所を聴き、僕が家へ返しましたが、彼女は何処かへ行きたかったようです

それじゃあ、また、此処に?

えぇ、何度も、雨の日ばかりを選んで、ひとり、びしょ濡れになりながら、此の道でさまよっていました

どうして雨の日なんでしょう?
雨が好きだったのでしょうか。

雨の日は、視界が悪いから。
……見張りの目が、すこし緩くなる、と

……そうでしたか。

彼女とは、此処でしか逢わなかったのですか?

そんなことはありません。
彼女は足は悪いけれど、誰かと一緒なら、すこし遠くへでも、行けるんです。
だから僕は、雨の日家を抜け出してくる彼女と、いろいろなところへ行きました

密かな逢瀬、すこしロマンがありますね。

そんなに、いいものではありませんよ。
彼女は人目を気にしていたから。
きっと、家の人間にみつかって連れ戻されることを恐れていたのでしょう

……だからこそ、彼女の行方は皆目見当もつかない、と。

えぇ。人目のあるところは選ばないでしょう。けれど、遠くへは行けない。ひとりでは、彼女は歩き切ることは出来ないのです。

……彼女の家のほうが、此処からなら近い。
けれど、守衛の目が緩む雨の日、そして時間を選ばなければ、出ることも帰ることも出来ない。
その雨の日、時間を選び、彼女は家を出て、そして、やっとの思いで此の道まで辿り着くのです。
此処から先へ進む足は、彼女にはないはずなのです

だから貴方は、此処で彼女を?

えぇ、でも、彼女は現れない。
何処へ行ってしまったのか……

……彼女を連れて何処かへ逃げよう、とは、思ったりしなかったのですか?

そうしておけばよかったと、此の三日は、自分を責めているところですよ

それで貴方は、冷たい雨に打たれていると?

罰でしょう、きっと。
彼女が置かれている境遇から、自分の本心から、目をそらし続けた、罰

罰、ですか。
貴方が倒れてしまっては、もう彼女を探す人間は居ないかもしれないのでしょう?

無責任、そう言いたいのですね

いえいえ、一介の傘屋に、誰かの責任を問う権利などありませんよ。

ただそうですね、なにかを言うことを許していただけるのなら、ひとつだけ。

雨の中をさまよい続けることは、容易ではありません。
……彼女も、そして貴方も。

傘も持たず、こんな雨降りの日にひとりきり。
いけません、それでは彼女はみつかりませんよ

……なにか、方法が?

わたしが貴方を導いて差し上げましょう

迷い人を正しい道へ導くことが、わたしの役目ですから

どうしよう……此処は、一体……?

花夜子さん……!?

----------傘を。

雨の日に傘を持たないなんて……迷い道に引きこまれてしまいます

おふたりの幸せな逢瀬に、花を添えましょう

探しましたよ……よかった、怪我はありませんか?

私、ひとりでこんなところまで……心配をかけてしまって、ごめんなさい……

いいんです、行きましょう?
ほら、この方が……

……あれ、居ない?

迷い人には、傘を。

けれど、正しい道に戻れたのなら、あとは、もう。

……私、もう、あの家には戻れません。
でも、三日ひとりになってみて、わかりました。私はひとりでは、なにも出来ません……。どうすればいいんでしょうか?

いいんですよ、もう。苦しむ必要なんてない。
花夜子さん、僕と一緒にいきましょう?

雨が、上がった

私、貴方と一緒に居ても、いいんですか……?

なにをいまさら。もうずっと、ふたりではありませんか。
雨降りかなんて、もう関係ありません。
ずっと一緒に居ましょう

……はいっ

雨降りの日、道に迷ったなら。

わたしがその道に、花を添えましょう。

迷い道に、しるべを。

けもの道に、明かりを。

あなたの道に、花を。

それがわたし、傘屋の仕事ですから

傘屋
Fin.

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