先輩、次の対象、JKっすよね?

それがどうした

いや~、羨ましいなあって!

仮死亡の人間に感傷など抱かない

はいはい、先輩は、硬派死神ですもんね!

……さっさと仕事しろ、軟派野郎

見届人

————————晴れた青空の下、みつけたのは非常に陰気な女子高生だった。

扱いづらそうな人間だ。死を伝えたら、死んでしまいそうだ

死を伝えたら死んでしまいそう、おかしな言い回しだが、時折そういう印象を受ける人間に当たる。

死ぬんだったら、死んでしまいます。

勝手にすればいい、そう思うが、いい気はしない。

人間をからかう趣味も、いたぶる趣味も、死を実行する趣味もない。

出来れば、観測課から得た情報通りのまま、事を終えたいものだ。

対象の傍へ降り立ち、目の前に姿を現せてみせると、長い前髪の奥から黒目がふたつ、私を捉えた。

こんにちは、お嬢さん

死を告げたら死んでしまいそうだと判断した人間に対しては、マニュアルで決められた性格を装って接しなければいけない。

「優しそうな好青年」、今回は、この人格が当てはまるという通達が来ている。

しかし、お嬢さん、などと寒い呼びかけは、いくら仕事でも出来ればしたくない。

…………

どんな設定があろうと、人間からすれば不審者にしかみえない。

今回の対象のように、警戒されるのがオチなのだからいい加減どうにかしてほしいものだ。

……上の死神に、こうやって見届人で遊ぶ趣味を持つ奴がいるのだ。きっとあいつは、なにがあろうとこのマニュアルをお蔵入りにはしないだろう。

信じてほしいとは言わないが、話を聴いてほしい。
私は死神で、君はもうすぐ寿命を迎えるということを伝えに来た

残念ながら、君は三時間後、通り魔に刺されて死ぬ

この通告を受け入れるか受け入れないかは君次第だが、どうか受け入れて、最後の三時間を悔いのないように生きてほしい

……対象は、無言でこちらを凝視している。

ここまで表情が変わらないのも珍しい。話を聴く様子があることも。

……しばらくの静寂を破ったのは、対象が持っていた本を落とす音だった。

そして次の瞬間、駆け寄ってきた対象に思いきり腕を掴まれた。

死神っ!! 死神なんですかっ!?

……敬遠していたイレギュラーが、起こった瞬間だった。

……いい加減、離せ

嫌です、離しません

先刻死を告げられた人間の表情ではない。
すぐに自殺を図ろうというような様子もない

……余裕を失ってしまったために、素の口調に戻ってしまった。

実在して、私のところにやってくるなんて、こんなことってあるんですねっ

お前、さっきの話を聴いていたのか?

目をキラキラと輝かせながら迫る対象から距離を取りつつ、確認する。

ああ、私が死ぬという話ですね……もちろん、聴いていました。
通り魔に襲われるなんて、ニュースになったら嫌だなあ

……死が、恐ろしくないのか

怖い、ですかね……実感がわかないのでなんとも……

でも私、死ぬ直前にこんなに幸せなことが起こっているので、もう思い残すことはないです!

お、おい、声が大きい……

寿命なんですよね? 泣いたって喚いたって、寿命ということは、通り魔から逃げたって死んでしまうってことでしょう?

そうなるな

呑み込みがはやすぎて、こちらが拍子抜けする。
こんなに冷静……冷静ではないが、とにかく、死をまったく抵抗なく受け入れる対象者は珍しかった。

仕方がないとまとめてしまうことはさすがに出来ませんが、あなたが現れたことで、人生に悔いなし、です

なぜ、そうなる

私、人外という存在が好きで

その中でも特に、死神ってすごく私の性癖に刺さるというか

淡々と死を告げる様子からは人間に対する感傷なんて微塵も感じられないのに、魂を冥府まで運んでくれるなんてマメというか!!

迫力に圧倒され、ひとことも言葉を返せない。

ああ、好きだなあって

……人間という生物を、初めて恐ろしいものだと思った。

場所を変えましょう、と、強引に連れてこられたのは学校からすこし離れた公園だった。

通り魔に刺されるって、やっぱり痛いですかね

苦痛の時間のその後、絶命する

まあ、そうですよね。
田舎なのに物騒だなあ

…………

屋上で死神の魅力について熱弁された時間が長かったのか、気づけば残りは二時間とすこし、というところまで来ていた。

正直、はやく時間が過ぎてほしいと思っていた。

こんなイレギュラーが起きるくらいなら、絶望して死を選ぶ人間の方が、死神からすれば最高の対象と言えるかもしれなかった。

死神って、どうやって人間の死を予測するんですか?

詳しくは知らん

すこしは知っているんですね?

……観測課がある。管轄外の業務について詳しい死神は、居ないだろう

それぞれの課が独立しているんですね、面白い

……書類さえ滞りなく回れば、連携の必要もないからな

ふふっ、楽しい

……楽しい、か。

ふと、今までの対象者たちのことが脳裏をよぎる。

泣きわめく姿。
絶望し、身を投げる姿。
こちらに切りかかってくる恐怖に満ちた表情。

さまざまだったが、今回のように楽しげに私に質問をする人間は、居なかった。

死神って、ご飯食べるんですか?

いや、必要ない

中には食事を楽しむ死神もいるようだが、ただ味を楽しんでいるに過ぎないようだった。


生命維持などということ自体が必要ないのだから、食べたものはただ不純物として体内に残る。
死神としてはまったく不要なものなのだから、食事を終えれば吐き出すだけだ。

死神って、死ねないのに死を通告し続けなければいいかないから、すごいですよね……そういうところも好きなんですが……

……よくわからない

だが、と。

死「神」の気まぐれで、普段なら絶対に口にしないようなことを、思わず呟いていた。

死を迎える人間を相手にするのだから、死という概念を理解してみたいと、考えたことくらいなら、ある

神殺しなんて、フィクションですから。あなたの望みは未来永劫、叶いませんね

……そうだな

笑ったっ!!!

……黙れ

死に場所をみたい、という対象者の言葉によって、まだ移動をする。

寿命時刻まで、残り三十分を切っていた。

死神は、担当の人間の最後の三時間に、付き添わなければいけない。

この三時間は、今までも……これからも、経験することの出来ない奇妙なものとして、記憶に残るだろう。

仮死亡の人間に感傷など抱かない

人間の言う繊細な「感傷」とは、異質なものであるはずだ。

だが、この仕事が、自分の、人間の「死」に対する上での態度に影響を及ぼすものであることには、間違いないだろう。

そこは、閑静な商店街だった。
対象者の家路、どこにでもあるような田舎の風景。

さっき、悔いはないと言いましたが

……ああ

ひとつ、いいですか?

……内容による

……痛がりもしないんですね

満足したか

……血、冷たいですね

冥途の土産にあなたを道連れることは出来ませんでしたが、この血の温度を持っていくことにします

冥府まで、よろしくお願いします

お、帰ってきた

すこしも、まったく、わたしのことを言えたものではありませんねっ!!

JKに腕を掴まれた感想は!?

集るな、仕事しろ

声、荒げた

先輩が、声、荒げた

声、荒げた!!

…………いい加減に、しろ

……いい気味です、人間に振り回されてっ

……確かに、まったく、いい気味だな。

イレギュラーは二度とごめんだ。

だが、人間という、大雑把で繊細な存在に、初めて興味を覚えてしまった。この事実は覆らない。

感傷など抱かない、死「神」の達観のようなものを捨て、対象と向き合ってみるのも悪くない。

……こんなイレギュラーな思考が生まれるくらいには、今日の私はおかしい。

気持ち悪い、先輩

明日は嵐だな

……ほんとうに、いい加減にしろよ?

見届人
Fin.

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