羽邑 由宇

……どうして、寿命を

声が掠れてうまく出ない。喉が絞られたように、苦しい。

やっとの思いで出た言葉は、あまりにも……

二ノ宮 正蔵

……愚問だな

……そう、愚問だ。こんなこと、改めて訊くまでもないじゃないか。僕はうまく回らない頭で、手当たり次第に質問をぶつけようとしていた。

--------こんなに大切な話をし終えた、正蔵さんに対して。

羽邑 由宇

……返す言葉もないです。すみません

二ノ宮 正蔵

気にすることはない。……由宇君には、ほんとうに申し訳ないことをしたよ

二ノ宮 正蔵

あの店と君を、つないでしまった

二ノ宮 正蔵

出来ることなら、あの店とはかかわりを持ってほしくなかった

二ノ宮 正蔵

私はまだいい。
だが、騙されていいように寿命を奪われた人間も居ると聞く

二ノ宮 正蔵

命を対価に時を売るため言葉巧みに人を騙す道化師だ、あれは

二ノ宮 正蔵

だから、ほんとうは誰にも知られないままにしたかったんだがな

……そんな風に言われてしまっても、それでも。

僕は後悔しない。そう決めていた。

羽邑 由宇

僕は、知ることが出来てよかったですよ

羽邑 由宇

……正直まだ、全然理解できていないと思います

羽邑 由宇

でも、正蔵さん、きっと、ひとりで抱えているより、僕が居たら心強いですよ

……それは、まったく根拠のない。

それでも、大きなものは、一緒に背負った方がいい。

素直に伝わるように、曇りなく、まっすぐ。

今はただ、それを心がけよう。

二ノ宮 正蔵

……あぁ、そうだな

二ノ宮 正蔵

ありがとう

正蔵さんの穏やかな表情。それはきっと、彼が契約者になってからずっと、浮かべられなかった笑顔だ。

自然な安堵の浮かんだ笑顔に、僕の肩の力も思わず抜けた。

羽邑 由宇

……それで、正蔵さん。
これから、どうするんですか?

正蔵さんは、命を削っているのだ。……きっと、本来の寿命なら、花楓さんはそれがなければ、とっくに。

二ノ宮 正蔵

どうもこうもない。花楓の命が危ういのなら、またあの店に行くだけだ

羽邑 由宇

……でも、それじゃあ

二ノ宮 正蔵

店主に言われた、私の寿命は、八十七歳だそうだ

羽邑 由宇

……そんなことまでわかるんですか、あの人は

二ノ宮 正蔵

あぁ、もし店主に寿命がわからなかったら、私は彼と取引出来なかった。あるかもわからない寿命を対価になど、取れないだろう?
なにも、すべての人間の寿命がわかるわけではない。契約者だけだよ

二ノ宮 正蔵

もし金で対価を払おうとする契約者が居て……私の知り合いのような、そういう契約者が居たとして、金で支払えなくなったらどうなる?
寿命がわからなければ、彼は取引など出来ない。
これは、契約者にとっても、店主にとっても、取引の上で大切な要素のひとつということになる

羽邑 由宇

……そうですね

時屋吉野。アンバランスなネームプレートに、冷ややかで穏やかな笑み。『時間屋』の店主で、契約者の寿命がわかる人間。

……これ以上のことはきっと、これから先もわかることはないのだろう。

二ノ宮 正蔵

これからどうするのか、だったな。
今日の取引で五年ぶんの寿命を売った。合計で二十年ぶんになる。……私は今、六十二歳だ。あと、五年ぶんの猶予は、ある

羽邑 由宇

……もしまた、花楓さんが生死の境をさまようようなことがあれば

二ノ宮 正蔵

あぁ、私は必ず、寿命を売りに行くだろうな

羽邑 由宇

……花楓さんの寿命は、どれくらい延びたんでしょうか

二ノ宮 正蔵

それは、誰にもわからないことだな

羽邑 由宇

もうひとつ、訊かせてください

二ノ宮 正蔵

もちろんだ

羽邑 由宇

時間を買う……そのために、寿命を売る。
そうして売った正蔵さんの寿命が、花楓さんのものになる……その仕組みが、いまいちわからないです

二ノ宮 正蔵

……店で、宝石をみただろう?

羽邑 由宇

……はい

二ノ宮 正蔵

あれは、花楓が昔からずっと大切にしているものだ。……そういう、他人の時間を与えたい相手にいちばんゆかりのあるものを媒介にして、私の寿命を花楓の時間にするんだそうだよ

羽邑 由宇

花楓さんは、このことを知らないんですよね?
花楓さんの時間になるのに、本人が知らなくてもいい……なんて、それは、ほんとうに成立しているんですか?

二ノ宮 正蔵

……すまない、語弊があったな

二ノ宮 正蔵

私が時間屋に売った寿命の所有権は、花楓にはない。知らないのだから、当然だな

羽邑 由宇

……じゃあ、もしかして

二ノ宮 正蔵

あぁ、私の寿命の所有権は、時間屋……あの店主に、ある

羽邑 由宇

……そんな

僕にはあの店主を信用できない。だからそれが、とても恐ろしいことのように思えたが……

二ノ宮 正蔵

店主は、契約にはどこまでも忠実だ。十年間の付き合いになるんだ、それは保証するよ。あの店主でなく、私を信用してくれたら、嬉しい

羽邑 由宇

……それなら、はい。僕は、正蔵さんのことは信用しています

……信用。

その言葉は、とても重い。

その重さを、正蔵さんが抱えていた秘密を、僕も背負う。

--------その覚悟が、僕にはあるか?

僕は今、試されている。

そんなわけはないとわかっていても、僕は今--------

--------時屋吉野に、試されている。

そんな風に思わずには、いられなかった。

第二十一話へ、続く。

20.抱えるものの重さ

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