ええっと、俺は……大庭晴紘といいます

森園灯里さんにはいつもお世話になってます




目の前にいる男は
元の世界では故人。

事件の犯人にされかけたあの世界でも
多分生きてはいない。


そういう意味では名乗るのも気が楽だ。



が。

あかり? 灯里とは誰だね

ですよねー……



先ほどの世界で
女が灯里を知っていたことのほうが
奇跡に近かった。


なんせ、父親がこの若さだ。
灯里とてこの世界では
まだ子供かもしれない。

そんな子供と
大人の晴紘が知り合いだと、
ましてや
世話になっているとは思うまい。



ついでに言えば、この男の場合
自分の子供の名を
覚えているかも怪しいが、
そこはあえて追求しない。

説明しているだけで鐘が鳴る。

その苗字から言って私の血縁かもしれないが、それが、きみが我が家に入り込む理由にはならないだろう?

ですよねー……


正論すぎて、ぐうの音も出ない。
が、
そうも言ってはいられない。



このままでは
通報されるのも時間の問題だ。













あの、ええっと、その灯里さんの影響で、じ、自動人形に興味があって



正確には

自動人形
(が関わっているかもしれない事件)
に興味がある

という意味だが。

変な意味じゃなくってですね。
純粋に構造が知りたいというか、決して変なことに使おうと思っているわけではなくて





自分が警官で、

そこで寝ている人形にそっくりな女に
何度も過去に飛ばされて

殺人事件に
自動人形が関わっているようで

いつの間にか
殺人事件の犯人にされていて

でも本当はあなたの息子さんが
犯人かもしれなくて

これまた
そこに寝ている人形にそっくりな女に
あなたのことを聞いて……



……なんて
荒唐無稽すぎることは言えない。

例え自分の中では真実でも。


















構造が知りたい……

……

……

……

……

と言うことはきみは弟子入り志願者というわけか

ええっと……



実際、弟子にされても困るのだが
そう答えておくのが最良だろうか。


晴紘は曖昧に目を逸らす。

しかし残念だね。私は弟子は取らない主義なんだ。
例年ひとりふたり、そういう輩がやって来るが、後継者を育てている暇などないのでね

その人形を作っているからですか?

人形じゃない。瞳子だ

瞳、子……?









瞳子というのは


灯里の母を名乗る女の名では
なかったか?














それは撫子じゃ……

瞳子だ!

……はい


とりあえず
機嫌を損ねるわけにはいかない。

晴紘は口を噤んだ。




















人形の名前なんて
いくらでも変えられる。

西園寺侯爵の元に行ってから
「撫子」と名付けたのかもしれな……



いや……でも

あの、これ……いや、この娘は西園寺侯爵の亡くなったお嬢さんを模して作られたのでは?

……

あ、名前は瞳子さんなんですよね。
わかります、それはわかってます

……





晴紘は腕時計に目をやる。

せっかく灯里の父親に会えたのに
収穫がないまま
時間切れになるわけにはいかない。


次にこの世界に来られる
保証はない。

時間が気になるのかね?

え、ええ、まぁ

ならば、同好の士として特別に教えるが、

はい



新事実がわかるだろうか。
晴紘は身構える。

……

これは、瞳子だ

……埒が明かねぇ


「瞳子」であることに
こだわりがあるのはわかったが

聞きたいのはそこじゃない。


























余程、事件のことを
洗いざらい喋ってやろうかと
思いかけた時

輝は口を開いた。

西園寺侯爵の娘が撫子という名であることは知っている

昨日会った時は随分と元気にしていたが……そうか、亡くなったのか

あ! いや! ええと、ちょっとそのあたりは忘れて下さい!


しまった。

灯里の両親がこんなに若いのなら
西園寺撫子だって
まだ生きているだろうに。


……だから瞳子を寄越せと言ってきたのか

……はい?




と、言うことは?

この人形は
偶然、西園寺撫子に似ただけだと

……そういうことなのか?








【陸ノ参】十一月六日、五度・伍

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