――夕刻。
――夕刻。
刻弾の訓練が始まり二日目。昼過ぎに通常の訓練に移り、それも終わってエノクを待っているところだ。
初日である昨日に、リュウが刻弾を具現化した。リーベに言わせると、初日に具現化可能なのは、余程のセンスがあるらしい。結晶師の才能に適応しているらしく、リュウはリーベとニグに真剣に誘われた。
そういうのは
俺苦手だからいいよ。
それは残念です。
もし気が変わればいつでも
歓迎いたします。
しかし最近は豊作ですね。
三日前といい今日といい。
三日前にも居たのですか?
そのとおり。
しかももっと早く……。
あそこまで早い習得は
類を見ません。
凄い素質をお持ちの方です。
あん?
そんなにすげぇ奴が
居んのかよ。
刻弾の具現化、そして……
ニグ、お話がすぎますね。
リーベから発せられたのは、深く沈むような声。ゆっくりで落ち着いているには違いないが、どこか圧を感じるものだった。
リュウ以上に素質のある者がいる。どうやら、初日で具現化可能なのも一月に一人居れば多いくらいらしい。それを考えると、ニグの言葉も大袈裟ではないのだろう。
お待たせ致しました。
エノクさん、いつも忙しいのに
ありがとうございます。
エノクー!
早く始めるっす!
それでは始めましょう。
メナさんは四つの
基本的構えの復習からでしたね。
日々行われるエノクの剣術指導は、丁寧で分かり易かった。二人は通常訓練の後で疲れが残っていたが、少しずつ剣術を自分のものにしていった。
嫌でも耳に入ってきたのは、人の群れが発する声援。よく見ると、少し離れた場所で人だかりが出来ていた。
ん?
何か騒がしいっすね。
何だろ?
どんどん人が集まってくるわ。
あの程度のことで
集中を乱されるとは
まだまだですね。
そうっすね。えーっと、
目標に一番早く到達する
振りを見極め、
最少の動作で踏み込み……
あれ? 何だったすかね?
まったく集中出来てませんね。
目がキョロキョロと
アチラに動いてますよ。
やっぱり気になるっす。
行ってみるっすよぉ。
実に楽し気な笑みを浮かべるハル。それを受けたメナとエノクは苦笑いを合わせて、野次馬に付き合うことにした。
人だかりの外側からは何も見えない。ただ野次馬どもの声援を割って聞こえてくるのは、よく知った声色だった。
くそジジイ、
いつまでも
土いじりさせやがって
調子に乗るなよ!!
何しよるんじゃ、
ほんま気ぃ荒い奴じゃけ。
軽口を叩きながら鋭い蹴りを避ける老人。
人混みの隙間から覗いてみると、場長とシャセツの二人だった。シャセツの言葉からすると、どうやら農作業を強いられていたようだ。
もう充分だ。
約束通り勝負しろ。
わしゃぁ三年前から
腰痛めとるけぇ……
うるさい!
知るかっ!
ほんまじゃて。
腰が言うこと聞かんのじゃって。
鎌振り回すとかやめんさい。
方便で分かりにくいが、場長のセリフは終始軽口に聞こえる。とてもシャセツに鎌を振り回されている老人の言葉ではない。
鎌が空を切り裂いて閃いた瞬間、場長の股間をすり抜け地面に刺さる。
おっそろしいガキじゃ。
ほんま、わやするけぇ。
貴様、俺など相手に
していないのだろう。
格下すぎる相手には
実力は出せないか?
われのことぁ、
ぶち強いって思っとるよ。
こりゃほんまじゃ。
じゃがぁ、
もっと強うなってもらわんと
あかんのじゃ。
フン!
あー、あと、
もう一人おったのもな。
場長がもう一人ともらした時、野次馬達の輪が割れた。そこに立っていたのは奇遇にも今、話に出た男だった。
なんでこんなタイミングよく。
まさか、また……。
ハルのすぐ後ろで見ていたメナがつぶやいた。
え!?
何でっすか?
ハルの疑問はその男に向けられていた。その男が真っ直ぐ場長に好戦的な視線を放っているからだ。
噂しよったら
ほんまに来よったのぉ。
解き放たれた野獣のような瞳。皮膚には幾層にも傷跡が刻まれている。口角を上げた隙間から見える――牙にも似た歯が夕陽を反射した。
タラトだ。
そこからは口を挟む間もなく、地を蹴ったタラトは真っ直ぐ場長に襲い掛かった。