――夕刻。

 刻弾の訓練が始まり二日目。昼過ぎに通常の訓練に移り、それも終わってエノクを待っているところだ。



 初日である昨日に、リュウが刻弾を具現化した。リーベに言わせると、初日に具現化可能なのは、余程のセンスがあるらしい。結晶師の才能に適応しているらしく、リュウはリーベとニグに真剣に誘われた。

リュウ

そういうのは
俺苦手だからいいよ。

結晶師ニグ

それは残念です。

リーベ

もし気が変わればいつでも
歓迎いたします。

結晶師ニグ

しかし最近は豊作ですね。
三日前といい今日といい。

アデル

三日前にも居たのですか?

結晶師ニグ

そのとおり。
しかももっと早く……。
あそこまで早い習得は
類を見ません。
凄い素質をお持ちの方です。

ダナン

あん?
そんなにすげぇ奴が
居んのかよ。

結晶師ニグ

刻弾の具現化、そして……

リーベ

ニグ、お話がすぎますね。

 リーベから発せられたのは、深く沈むような声。ゆっくりで落ち着いているには違いないが、どこか圧を感じるものだった。

 リュウ以上に素質のある者がいる。どうやら、初日で具現化可能なのも一月に一人居れば多いくらいらしい。それを考えると、ニグの言葉も大袈裟ではないのだろう。

エノク

お待たせ致しました。

メナ

エノクさん、いつも忙しいのに
ありがとうございます。

ハル

エノクー!
早く始めるっす!

エノク

それでは始めましょう。
メナさんは四つの
基本的構えの復習からでしたね。

 日々行われるエノクの剣術指導は、丁寧で分かり易かった。二人は通常訓練の後で疲れが残っていたが、少しずつ剣術を自分のものにしていった。

 嫌でも耳に入ってきたのは、人の群れが発する声援。よく見ると、少し離れた場所で人だかりが出来ていた。

ハル

ん?
何か騒がしいっすね。

メナ

何だろ?
どんどん人が集まってくるわ。

エノク

あの程度のことで
集中を乱されるとは
まだまだですね。

ハル

そうっすね。えーっと、
目標に一番早く到達する
振りを見極め、
最少の動作で踏み込み……
あれ? 何だったすかね?

エノク

まったく集中出来てませんね。
目がキョロキョロと
アチラに動いてますよ。

ハル

やっぱり気になるっす。
行ってみるっすよぉ。

 実に楽し気な笑みを浮かべるハル。それを受けたメナとエノクは苦笑いを合わせて、野次馬に付き合うことにした。

 人だかりの外側からは何も見えない。ただ野次馬どもの声援を割って聞こえてくるのは、よく知った声色だった。

くそジジイ、
いつまでも
土いじりさせやがって
調子に乗るなよ!!

何しよるんじゃ、
ほんま気ぃ荒い奴じゃけ。

 軽口を叩きながら鋭い蹴りを避ける老人。

 人混みの隙間から覗いてみると、場長とシャセツの二人だった。シャセツの言葉からすると、どうやら農作業を強いられていたようだ。

シャセツ

もう充分だ。
約束通り勝負しろ。

場長

わしゃぁ三年前から
腰痛めとるけぇ……

シャセツ

うるさい!
知るかっ!

場長

ほんまじゃて。
腰が言うこと聞かんのじゃって。
鎌振り回すとかやめんさい。

 方便で分かりにくいが、場長のセリフは終始軽口に聞こえる。とてもシャセツに鎌を振り回されている老人の言葉ではない。

 鎌が空を切り裂いて閃いた瞬間、場長の股間をすり抜け地面に刺さる。

場長

おっそろしいガキじゃ。
ほんま、わやするけぇ。

シャセツ

貴様、俺など相手に
していないのだろう。
格下すぎる相手には
実力は出せないか?

場長

われのことぁ、
ぶち強いって思っとるよ。
こりゃほんまじゃ。

場長

じゃがぁ、
もっと強うなってもらわんと
あかんのじゃ。

シャセツ

フン!

場長

あー、あと、
もう一人おったのもな。

 場長がもう一人ともらした時、野次馬達の輪が割れた。そこに立っていたのは奇遇にも今、話に出た男だった。

メナ

なんでこんなタイミングよく。
まさか、また……。

 ハルのすぐ後ろで見ていたメナがつぶやいた。

ハル

え!?
何でっすか?

 ハルの疑問はその男に向けられていた。その男が真っ直ぐ場長に好戦的な視線を放っているからだ。

場長

噂しよったら
ほんまに来よったのぉ。

 解き放たれた野獣のような瞳。皮膚には幾層にも傷跡が刻まれている。口角を上げた隙間から見える――牙にも似た歯が夕陽を反射した。

 タラトだ。



 そこからは口を挟む間もなく、地を蹴ったタラトは真っ直ぐ場長に襲い掛かった。

 ~錬章~     48、野次馬

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