吾助、帰ってきてね

鶴太郎

吾助。


鶴太郎の声で、吾助は目を覚ましました。

吾助

ん……。

鶴太郎

与兵が呼んで来いって。

鶴太郎は枕元にちょこんと座って、吾助を見ています。

吾助

え……?


起き上がり、吾助はまぶしさに目を細めました。

吾助

朝……?

とっても、のどかな朝です。

吾助

俺、寝てたのか?

鶴太郎

あれで起きてたって言うんなら、
ある意味すごいよ。


吾助は鶴太郎をじっと見つめました。

鶴太郎

ん……、いや……。
そこ……、あっ

吾助

あれで寝ていたコイツに
言われたくない。


と思いました。

鶴太郎

早く来てね。
吾助が来ないと、ごはん食べちゃダメだって。


そう言って、鶴太郎は囲炉裏部屋に戻っていきます。
パタパタという足音を聞きながら、吾助はぼんやりとしていました。

吾助

…………すげー、良く寝た。


吾助は枕元にあった眼鏡をかけ、開いている窓から外を見ました。

吾助

こんなに寝たのって、何年振りだ?


そう思って、髪をかきむしりました。

吾助

ここいると、調子、狂う……。

吾助はため息をついて、布団から出て着替えを済ませると、囲炉裏部屋に行きました。

与兵

おはよう。

囲炉裏の鍋の前には、かなり機嫌のよい与兵がいました。
鶴太郎はお椀にトン汁をよそってもらって、それを両手で持っています。

吾助

おはよう……。


吾助の席になりつつある場所に座ります。
座るとすぐにお椀とお箸がきました。

吾助

…………

吾助はじーっとお椀とお箸を見つめました。
なんだか、ずっとここに住んでいたような気持ちになってきます。

鶴太郎

食べていい?
食べていい?

騒がしく鶴太郎が与兵に言います。

与兵

ちゃんといただきますしろ。


吾助はそう言っている二人を見つめました。

鶴太郎

はーい。
いただきまーす。

小さな手を合わせ、ちまっとお辞儀をして鶴太郎は言いました。

とても、ほのぼのした風景でした。

すると、鶴太郎が吾助を見ます。

鶴太郎

吾助は?
言わないの?


目をクリっとさせ、愛らしく鶴太郎が言います。

吾助

いただきます……。


ボソっと吾助は言いました。

鶴太郎

食べていいよ。


鶴太郎は、ご褒美という感じでニコっとしました。
それを見て、吾助はご飯を食べました。

吾助

馴染んでいく、自分が怖い……。


このまま居ついてしまいそうです。

与兵

…………。


自分の分のお椀を持ち、ニマニマした与兵が吾助を見ます。

吾助

なに?


やけに与兵の機嫌がいいです。

与兵

お前の寝顔、初めて見た。なかなか可愛いのな。

吾助

うるせぇ。


吾助はボソっと言いました。

吾助

こいつの前では絶対に寝ないって思ってたのにな……。

与兵

いただきます。


そう言って、与兵も食事をとります。

吾助はそれをぼーっと見ていました。
こんな空気は久しぶりです。

小さい頃は、いつもその空気に包まれていました。

じいさん

食事の前は手を洗って、
いただきますしろ!

おじいさんの家で、吾助も与兵と食事をしていました。
でも、遊びに夢中になっていた二人がそのまま食事をしようとして、おじいさんに怒られました。

与兵

は~い、いただきま~す

吾助

…………

すぐに手を合わせて言う与兵を、吾助は黙って見ていました。

じいさん

吾助!


おじいさんは怖い顔で吾助を見ました。

吾助

…………ただきます。


おじいさんに怒られて、しぶしぶ言いました。

じいさん

「い」をちゃんと言わんか、「い」を。

吾助

いただきます。

じいさん

食事というものはだな、生き物の命をいただき、己が生きるための糧として……。


おじいさんの話は長かったです。

吾助

俺らが成長して、ジジイがこいつになった感じか?

鶴太郎

あむっ

ジジイの代わり? ↑ 

吾助

あ……、そうだ、ジジイ。


吾助はおじいさんのことを思い出しました。

吾助

メシ食ったら、
一度町に戻る。


ずっとここにいたかったのですが、逃げたいという気持ちもありました。

与兵

え?

与兵はすごく驚いたようです。

吾助

いや、鶴太郎……、思ったより元気そうだし……。

鶴太郎

元気じゃない。
足、痛い。

やけにムキになって鶴太郎が言いました。

吾助

痛くないだろ

鶴太郎

ぷぅ。

与兵

俺も、鶴太郎に何かあったら困る。

吾助

…………。


複雑です。
これなら追い返された方が楽です。

吾助

いや、ちょっと、ジジイにあの武器のこと聞かなきゃならないし、町に用事もあるから……。

与兵

まあ……、
そうだけど……。


大量の武器は囲炉裏部屋にもあり、邪魔です。

鶴太郎

今日、帰って来る?


吾助の顔を見て、淋しそうに鶴太郎が言います。

吾助

「帰って来る」はおかしいだろ。
俺、客だし……。

鶴太郎

吾助も、
ずっとここに居ればいいのに……。


鶴太郎がしゅんとしてうつむきました。

与兵

……町に用事があるっていうし。


嫌な予感がしたのか、与兵が鶴太郎に言いました。

鶴太郎

ん……。

哀しそうに鶴太郎がうなずきます。
それがとても愛らしいです。

吾助

…………。


複雑な心境でした。

鶴太郎

町に行くなら、
お願いがあるんだけど。

吾助

なんだ?


少しだけ、なんでも聞いてやろうという気持ちになります。
というか、聞いてやる気満々です。

鶴太郎

もうちょっといい糸、
手に入らないかな?

吾助

糸?

鶴太郎

はた織り用のだよ。ボクが使ってたのと手触りが違うんだよね。

吾助

どこの糸を使ってたんだ?

鶴太郎

もっと西。

吾助

ざっくりだな……。

吾助

京都ってことか?
さすがに遠いな

西ではた織りの糸と聞いて、それくらいしか思い浮かびません。

吾助

お前がちゃんとしたものを作れるかわからないからな。とりあえず、できてからだな。

京都まで買い出しに行くのは面倒です。
こんな子供の言うことを真に受けて行くにはお金がかかります。

吾助

銀次に頼んでみるか……。あいつなら京都に行かなくても、そこそこの物を手に入れられるだろう。

でも、吾助はそう思いました。

鶴太郎

大丈夫だってば。ちゃんと百万で売れる布を織ってみせるよ。

吾助

自信満々だな。

鶴太郎

当然っしょ。

与兵

百万で売れる布?


与兵には想像もつきません。

与兵

…………。

だから黙っていました。

吾助

どれくらいでできるんだ?

鶴太郎

明日か、
遅くても明後日にはできるよ。

吾助

あんまり根は詰めんじゃねーぞ。


心配をした吾助は、本心で言っていました。

吾助

その頃にまた来る。

鶴太郎

え~。


鶴太郎が悲しそうです。

鶴太郎

いいもん。
吾助がいなかったら、与兵とできるし。吾助なんていなくていいもん。


そう言ってみて、

鶴太郎

それもいいかも。


と、ちょっと本気で思いました。

吾助

…………。

吾助もなんだか不満です。

吾助

まだダメだ。


気が付くと、そう言っていました。

鶴太郎

するよ。吾助いなかったら、しちゃうからね。

与兵

……おい。

する相手 ↑ 

鶴太郎

しないの?

与兵を見て言いました。とろんとした顔でする上目遣いは破壊力抜群です。

与兵

吾助……。
帰ってきて……。

がまんできる自信がありません。

吾助

俺んちじゃねーよ。


そうは言いましたがすぐに、

吾助

夕飯までには
戻ってくる……。

戻って来るつもりはなかったのですが、気が付くとそう言っていました。

鶴太郎

……。

与兵

……。


鶴太郎と与兵が嬉しそうな顔をしました。

吾助

俺、何しにここに来てたんだっけ……?


鶴太郎の怪我の具合を診て、借金回収のために鶴太郎を働かせている吾助は思いました。

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