日曜日。
『記憶屋』で過ごしたあの不思議な時間がまだ記憶に新しい。

私は秋帆との待ち合わせ場所へ歩いていた。

由宇が指定した場所は、以前三人で行ったカフェ。もうずいぶん前のことのように思えてしまう。そのくらい、短い間にいろいろなことがあった。

あのカフェでもう一度、話をする。今度はきっと、真実を。

羽邑 由宇

聴いてほしいことが、あるんだ

記憶屋からの帰り道、石畳の道で、知らない由宇に出逢ったような気持ちになったあの電話。そして、あの言葉。

二ノ宮 舞花

私も、話さないといけないよね

なにがわかった、ということはない。ただ、自分が恐ろしいと感じた記憶は、確かに私のもので、ほんとうに起こった出来事なのだと確信しただけ。

でも必要なことだった。……今日もしかしたら、由宇からあの記憶の正体のことを、聴くことになるのだろうか?

二ノ宮 舞花

考えても、わからないな

わからない。けれど、由宇は、なにかを知っている。

思えばあのカフェでの会話だって、おかしい点はあったのだ。

どうして、由宇はおじいちゃんとの会話を鮮明に覚えていたの?

どうして、『時間屋』が、『命を対価に時を売るため言葉巧みに人を騙す道化師』だなんて、淀みなく言えたのだろう?

私たちは同い年だ。由宇だって、おじいちゃんが亡くなった時はまだ幼かったはずで。

今まで、私はまったく違和を覚えなかった。

自分のことで精いっぱいだった……だけではないのだと、思う。

神原 秋帆

舞花、おはよ

二ノ宮 舞花

秋帆……おはよう

神原 秋帆

暗いよ、表情

二ノ宮 舞花

……ごめん

神原 秋帆

謝らないの。忘れたの?謝罪と感謝の言葉はほんとうに大切な時にしか使っちゃいけない、って

二ノ宮 舞花

由宇が、言ったんだったね

神原 秋帆

うん、だからきっと、大丈夫。羽邑は、人が……っていうか、舞花が傷つくようなこと、言わないと思うし

神原 秋帆

それにわたしも居るんだから安心してよ

神原 秋帆

逢坂さんも、言ってたでしょ?ひとりじゃない、って

二ノ宮 舞花

……うん、ありがとう

無意識のうちに目をそらしていたこと。

知らないからと、恐れるばかりで、知ろうともしなかったこと。

由宇がひとりで抱えていたこと。

受け入れてもらったぶん、次は私が受け入れる番だ。

羽邑 由宇

おはよう、舞花、神原

二ノ宮 舞花

おはよう

神原 秋帆

おはよ

すこしの間。店員さんがやって来て、お冷を置いていく。

示し合わせたわけでもないのに、三人であの日冷めてしまったカプチーノを注文した。

二ノ宮 舞花

昨日、ね

雑談をするような空気でもない。まずは私から話すべきだと直感して、切り出す。

二ノ宮 舞花

おじいちゃんとの記憶が、やっぱり、ほんとうだったって、わかったの

二ノ宮 舞花

それでね、この記憶の正体がわかる時、隣には『彼』が居る、って、おじいちゃんが言っていたの

ひと呼吸、そして、

二ノ宮 舞花

その『彼』は、由宇のことなの?

沈黙。正面に座った由宇の表情が、動く。

羽邑 由宇

そうだよ、正蔵さんが言ったのは、僕のことに違いないと思う

二ノ宮 舞花

やっぱり、そう、なんだね……

羽邑 由宇

昨日、聴いてほしいことがある、って言ったよね

羽邑 由宇

正蔵さんの言う通り、舞花は今から、舞花の記憶の正体を、知ることになる。そして、時間屋との契約者である正蔵さん、花楓さんのこと

羽邑 由宇

僕のこと、をね

二ノ宮 舞花

……由宇は、契約者なの!?

羽邑 由宇

うん……。
長い話に、なる

羽邑 由宇

これは、十五年前の、過去の話だ

まず、僕のほんとうの年齢から、かな。これを知ってもらわないと、きっと頭が混乱すると思うから。

僕は……ほんとうはね、

三十二歳、なんだ。

第十八話へ、続く。

17.あのカフェで、もう一度

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