秋口の比較的涼しい日とは言っても、山を登っていると汗が噴き出してくる。
時折吹き渡る風が心地よい。
秋口の比較的涼しい日とは言っても、山を登っていると汗が噴き出してくる。
時折吹き渡る風が心地よい。
さあキリキリ歩きたまえ。
早くしないと日が暮れるぞ
俺らがなぜヴィクトル山を登っているかと言うと、グリフィンの卵採集作戦の下見のためだ。
ちょうど今、俺らが歩いている道の少し先に、通常の登山道と分岐して、細い道が続いているのが見える。その道は冒険者たちがグリフィンの巣へ向かう時に使用する道だ。
今回はあくまで下見なのでそちらへは行かず、登山道の途中にある、グリフィンの生息域を一望できる展望台へ向かう。遠くを見ることのできる魔道具を使って展望台からグリフィンの巣を観察し、どの巣から卵を奪うかとか、囮役と採集役はそれぞれどこからどのように巣に近づくかとかを確認するのだ。
シャルル。
一応グリフィンの巣へ向かうルートも途中まで行ってみた方が良いんじゃないかって、コゼットに提案してみてくれないか
コゼットー。
ケータが、グリフィンの巣へ向かう方の道も途中まで確認しておきたいって
そうですね……。
コゼットはヴィクトル山の地図を見ながら、しばし思案した。
そちらの道を行くと程なく、切り立った崖を登ることになります。冒険者が崖を削って道を作ってくれているので、特別な装備がなくても登れるでしょう
崖を登りきると、そこからグリフィンの生息地までは、やや平坦な台地のようになっているみたいです。
崖を登って台地へ出るあたりまでは、行ってみても良いかもしれませんね
ちょっとちょっと、
何で俺に相談せずに君たちだけで決めるのかな?
俺がリーダーだと思うんだけど
ぶつくさ言ってる猫を無視して、俺らは登山道から脇へそれる道へと分け入った。
その道は道と呼ぶのもおこがましい、両脇に下草が生い茂る中、踏み固められて赤茶けた土が露出している部分が線状につづいている、というだけの代物だった。道幅はちょうどシャルルの肩幅くらい。そんな道をしばらく行くと、灰色の岩壁に行く手を阻まれた。
これがその崖だね
目の前のごつごつした岩の断崖は、コゼットによると斜度五十度ほどの斜面だそうだが、五十度というのはもちろん人間が登れる角度ではない。そこで冒険者たちが岩を削って、ジグザグに道を作っていた。
つづら折りのまだるっこしい道を歩かないと登れない人間達をあざ笑うかのように、野生のヤギたちが何匹も、垂直に崖を上り下りしては、岩壁に生える草を食んでいた。
ここはグリフィンの生息地に近いんだろう?
あのヤギたちは喰われてしまわないのかな?
グリフィンにとってヤギは主食のようなものだ。
こんなグリフィンのお膝元と呼べる場所に住んでいるヤギなど、とうの昔に狩りつくされていても不思議ではない。
この断崖付近のヤギに対して、グリフィンが上空から襲撃しようとすると、勢いあまって岩に激突してしまうそうです
グリフィンの狩りと言うのは上空から獲物に急降下して自慢の鍵爪で鷲掴みにし、再び空高く舞い上がるのが定石だが、グリフィンはその巨体ゆえに身体の制御がそれほど正確には出来ない。こんな断崖で狩りなどしようものなら、岩に身体をしたたかに打ち付けてしまうのだそうだ。
ヤギにとってこれほど住みやすいところはないだろう。グリフィンは狩りをできないし、オオカミなど他の肉食獣は崖を上り下りできない。彼らは地形に守られているのだ。
逆に言うと、この崖を登った先はもう安全ではないという事です。登りきるところまでは行ってみて、そこから目的地の方を少し観察してみたら、すぐに登山道へ戻りましょう
そう言ってコゼットは、崖を登り始めた。
登った先は危険だと言いながら登ってみるのは、おそらく本当に特別な装備なしで登れるかの確認のためだろう。シャルルも彼女の後を追って、ジグザグに曲がった道を歩き出した。
冒険者が「自分たちが登れれば良いや」という感覚で作った道は非常に狭く、場所によってはシャルルの靴片方分の幅にも満たない場所もあった。当然ながらシャルルより大きいシリルの靴は、半分近くが道の上に乗らずに宙に浮くことになる。
うわっ、
これ無理じゃないかな?
進むの無理じゃないかな?
猫の癖に二足歩行しようとするからそうなるんです。
斜面に手をついて、這いつくばりながら行けばいいんです。
子どもらしい身軽さですいすいと難所を抜けながら、コゼットが言う。
前から思ってたけどコゼット君て、僕に厳しいよね
そう愚痴りながらも、結局斜面に手をついて横歩きを始めるシリル。
そんな風に苦労しながら、俺たちは崖の上へと登り切った。
グリフィンの生息地はまだだいぶ先です。
遠くてよく見えませんね
行く手には相変わらず、土を踏み固めただけの細い道が続いていて、その先にグリフィンの生息域があるはずだった。前方左方向には杉のようなまっすぐな木が連なる林がある。この林は地図にも載っていて、僕らはこの林に隠れながらグリフィンの巣に近づく計画だった。
この辺りではまだグリフィンどもも襲ってこないみたいだな。
ここでしばらく休憩していくか?
馬鹿なことを言わないでください。
グリフィンは巣のすぐ近くでは狩りをしませんから、このくらい離れた場所が一番危険なんです
コゼットが油断しきったシリルをたしなめるが、シリルは「足が疲れた」と言ってその場にあぐらをかく。
こういう行為は、たいていロクでもないことが起きるフラグなんだが...。
そんな風に考えていると、案の定、どこからともなくやってきたグリフィンが、ゆうゆうと空に円を描いて飛び始めた。グリフィンは数周大きく旋回したと思うと、俺たちをめがけて滑空してきた。
うわっ、ちょっと待ちたまえ話せばわかる
グリフィンにそんな風に話しかけながらシリルは慌てて立ち上がるが、話せばわかるわけもなくグリフィンは猛スピードで向かってくる。
コゼットとシャルルはもう逃げだしていた。シリルも全速力で崖を削った道へと駆け出す。
!
うわっ!
足を滑らせて、崖の方に大きくよろめくシリル。
彼はそのまま切り立った岩場を数メートル滑落して、なんとか岩の裂け目にしがみついて止まる事ができた。
シリルさん、生きてますか?
コゼットがおそるおそる声をかけると、しばしの沈黙の後、「生きてるよ」と返事が返ってきた。
グリフィンの方はと言うと、やはりこの崖にいる獲物を狩るのは難しいのだろう。諦めてどこか遠くへと飛んでいった。
本番の時は、この危険地帯を抜けるための大作が必要かもしれませんね
コゼットは「作戦ノート」と書かれたメモ帳に、なにやら書き込んでいる。彼女の前世である端山沙耶子さんは、ペン習字のお手本みたいな字を書いていた記憶があるのだけれど、コゼットの字は十三歳の少女らしい、丸っこくて少し拙い、かわいらしい字だ。こちらの国の文字は日本語と随分違うから、前世での字のうまさを活かせていないのかもしれない。
それより早く助けてくれないかな。
まずはこんな崖の途中から安全な道の上に俺を下ろして、そして回復薬を頼む
崖に腕だけでしがみつきながら、シリルはそう嘆願した。
(続く)