Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
セアト暦28年
英雄の夢
2
聞きなれない音色だった。
遠くにまで響き渡る澄んだ音色。
音は、風に乗って草花を揺らし、太陽へ向かっていった。
目を閉じて聞き入っていると、異国にいるような気分になる。
それはとても不思議な感覚で、この澄んだままの音色が真っ直ぐにラムダの中へ浸透していくと、踊りたい気分になった。
なんかいいな、この音楽……
そんなことを思っていると、ふいに音は止んでしまう。
その瞬間に現実へ戻った。
…………
あ……
思わず目を開けると、笛を吹いていたお兄さんと目が合った。
その瞬間、言いようのない衝撃がラムダを襲った。
潮風が、さーっと音を立てて草を撫でていく。
えーと……
不思議そうな顔で見つめられて、何となく気恥ずかしくて、ラムダはもぞもぞと俯いてしまう。
話しかけていいのかな
母ちゃんは知らない人とは話すなって言うけど悪い人じゃなさそうだし……
どうしていいのか分からないでいると、お兄さんからにっこりと笑ってくれた。
そのさらさらの金髪が、1本1本丁寧に輝いた。
やぁ
君はこの街の子?
そのやわらかい笑顔と声に安心したラムダは、てこてことお兄さんの横まで来て、断りもなしに三本木の下に並んで座った。
お兄さんが、ん? という顔をしたから、膝を抱えて座り、吹かれる草を見つめた。
その横顔が、照れている。口を真一文字に結び、妙に真剣な顔をしたラムダは、少し赤くなっている。
お兄さんは、この街の人じゃない匂いがした。
そういうのは5歳でも直感で分かる。
それから、質問されていたんだということを思い出し、少しあわててお兄さんのほうに顔を向けた。
ボクはこの街のコなの
ラムダっていうの
お兄さんは旅の人?
あぁ、オレはレダ
旅って言ってもある人にくっついて行ってるだけだよ
この街は暖かい気候だから街の人は皆薄着だが、レダはそれとは少し違った格好をしていた。
長旅に向けた服。
置いてある荷物からしていかにも旅人だという風情だ。
港や宿に行けばたまに見かけるけれど、実際間近に見たのは初めてで、見慣れぬ外の世界に憧れが募った。
しかも、レダは大人ではなく、子供だ。
もしかしたらまだ子供の自分だって旅が出来るのではないかという想像が膨らんだ。
男の子はみんな、夢を見る。
へー、いいなぁ……
ボクも旅してみたい
そっか、ラムダ君も旅してみたいんだ
ラムダって呼んでいいよ
ボクね、えいゆうフェシスにアコガれてるの
どこか遠くを見ながら嬉しそうにラムダは言った。
フェシスの名前に一瞬レダの表情が凍りつくが、ラムダは気がつかなかった。
流れるまま会話は続く。
……英雄フェシス?
そうなの!!
ヒドラをたった一人で倒したえいゆうフェシス!!
つよくてカッコいいんだ!!
話しているうちに興奮してしまったラムダは立ち上がり、腕をブンブン振った。
その様子にレダがクスクスと笑う。
笑われてちょっと恥ずかしくなって、ラムダはストンと腰を下ろした。
空に、雲が流れている。ゆったりと堂々と。
港町の朝は早いが、午後はゆっくりと時間が過ぎる。
ねぇ、それ、何ていうの?
レダの胸元にぶら下がっている、見たことのない笛を眺めてラムダが聞いた。
レダはそれを手に取り、ラムダに見せてあげた。
これ? これはオカリナ、っていう笛
砂の町、っていう町の伝統楽器
でんとー?
その町にずっと伝わっている、ってこと
ふーん。そうなんだ
ラムダはいびつな形のそのオカリナを眺めていた。
この笛からあの綺麗な音が出るのかと不思議になる。
世の中には面白いことがまだまだたくさんあるんだと思った。
不意に知りたくなった。
君も吹いてみる?
白いオカリナを差し出されて、ラムダはレダの目を見た。
青く澄んで綺麗な目だった。
いいの?
いいよ、吹いてごらん
クスクス笑うレダに、ラムダは少し照れてしまった。
やさしくて綺麗な人。
女の子にもてるのではないだろうか。
おどおどとオカリナを受け取ってみる。
両手にずっしりと確かな重み。
未知との遭遇はどうしてこんなにわくわくするんだろう?
4つある穴に指を当てようとしてみるけど、子供だからかラムダの指の長さだと届かない。
指を当てるのはあきらめて、レダが見守っている中、ラムダは恐る恐る口を付けて息を吹き込んでみる。
綺麗な音が出てきた。
すごいじゃないか!
初めてで音の出せる人、そういないよ?
えへへ
感嘆するレダに、ラムダは褒められてうれしくて機嫌がよくなる。
調子に乗って、何度も音を出した。
2人で笑い合っていると、突然後ろから切羽詰った声が飛んできた。
レダっ!! こんなところにいたの!!?
振り向くと、ブロンドのふわふわの髪をした、レダよりも少し年上のお姉さんが息を乱して立っていた。