人の記憶を覗くこと。


それは、その人の人生の一端に触れるということだ。


みてきたもの、感じたこと、触れたもの、その一端を、知るということだ。

--------そして、それらは自分の中に、すこしずつ、積もっていく。

……鳴海さん、そろそろ、本題に戻りましょうか

鳴海 雪菜

えっ、あぁ、そうですね、猫が可愛くって、本題を忘れるところでした……

また機会があれば、いつでも遊びに来てください

鳴海 雪菜

ぜひ、そうさせてもらいます

ふたりで、店の中に戻り、席に座って向かい合う。


鳴海さんは、まだ外の方を見ていて、名残惜しそうにしている。

僕は、気を引き締めなおして、息を一つ吐いた。

それじゃあ、改めて、始めさせていただきます

鳴海 雪菜

はい、よろしくお願いします

手順を、頭の中で整理する。


……“忘れられない人”についての、記憶を、覗く。

改めて考えてみると、なんとも抽象的な依頼だ……。

あの、鳴海さん

鳴海 雪菜

はい?

“忘れられない人”の、なにを思い出したいんでしょう?

鳴海 雪菜

えっ

鳴海 雪菜

……全部、です

全部……。名前、顔、性格、鳴海さんとの関係……などですか?

鳴海 雪菜

はい。それと、私がなんでその人を思い出せないのか、も……。なにか、理由があると思うんです。それも、出来れば知りたいなと思ってます

分かりました。……そうなると、かなり深く覗くことになりますが……

鳴海 雪菜

かまいません

……わかりました。一つ、伺いたいのですが、アルバムなどを確認してみたりしましたか?

鳴海 雪菜

……すみません、アルバムは、すべて捨ててしまったのです。あまりいい思い出がなくて、みていて懐かしくなることがなかったので

……わかりました、ありがとうございます

いよいよ、彼女の記憶に触れることになる。


本当に、そこまで深く、他人の記憶に触れていいのか--------。

依頼が依頼だから、躊躇ってしまう。

……駄目だ、迷うな。僕が迷えば、覗いた記憶に、なにか違う内容が含まれるかもしれない。

それは、鳴海さんの人生を侵し--------犯し、傷つけ、冒涜することと同義だ。

深呼吸を繰り返す。

それでは、僕としっかり目を合わせてください。それと、手を、握ってください

鳴海 雪菜

手、ですか

握るのに抵抗があれば、触れておくだけでもかまいませんが……

鳴海 雪菜

いえ、そういうわけではないですっ


強く否定されて、軽くたじろぐ。

鳴海 雪菜

あ、すみません……

あ、謝らないでください

それじゃあ、深呼吸をしてください。目は、一瞬たりともそらさないようにお願いします……

鳴海 雪菜

分かりました


目を、合わせる。手を握って、ゆっくり鳴海さんの記憶に入り込んでいく。

--------みえた。

記憶の入り口に、立った。

あとは、深く、深く----------------

第八話へ、続く。

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